先日山形県内で唯一残っていた百貨店「大沼」の突然の閉店が伝えられた。世間は「新型肺炎」一色でこのような地方百貨店の閉店が大きく伝えられる事はなかったが、今の地方経済のありようがこういうニュースにはっきりと表れている。そこで今回はちょっと鉄道から離れて地方都市の現状を垣間見てみたい。何という上から目線、と思われると思うが、所詮「鉄道馬鹿」の戯言だ。そんなたいそうな話ではない。
以前「馬鹿列車旅」の目的の一つは地方の百貨店探訪だというようなことを書いたことがあったが、今回は番外編でその筋の話を紹介したいと思う。要するに途中下車した際に訪問した各地の地方百貨店の探訪記である。
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地域1番店らしい堂々とした威容を誇る「富山大和」 |
ということで今回取り上げるのは金沢市に本社を構える北陸の地元老舗百貨店「大和(だいわ)」である。百貨店としての創業は大正12年ということだが、前身となる洋品店の開業はさらに明治期までさかのぼる。現在は金沢市と富山市に大型店舗を2店舗展開している。かつては福井・新潟のほか戦前には朝鮮半島にも店舗を展開していたそうだ。福井の店舗は1948年の福井地震によってほぼ倒壊したため早々と閉店したが、その後2010年までは新潟県内でも3店舗で営業を続けていた。余談だが福井店の解体の様子は今でもNHKアーカイブスのホームページから動画で見ることができる。
現在はサテライト店舗を除くとこの2店舗のみ百貨店としての営業を続けている。今回訪ねたのは金沢市の本店ではなく富山市中心部に店舗を構える「大和富山店」だ。
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総曲輪のアーケードに面した大和富山店の入り口 |
「大和富山店」は富山市の中心部、総曲輪通りのアーケードに面した場所にある。もともとは 西町という現在の店舗よりやや南東側の場所にあった先代の店舗を、総曲輪地区の再開発に合わせて移転新築したのが今の富山店だ。したがって完成してまだ築10年ちょっとの新しい建物ということになる。現在富山市に残る唯一の百貨店だ。
以前の店舗は1934年に今の大和の前身にあたる宮市大丸富山店として開業した建物で、東京の伊勢丹をモデルにしたという地方の百貨店としては大変豪華な建物だったそうだ。その当時の偉容はWikipediaなどで見ることができるが、これほどの歴史的にも価値のありそうな建物が2007年に閉店するまで使われていたというのだから驚きだ。解体はもったいない事この上ないが、これも時代の趨勢である。
まずはその新装なった富山店の店内を巡ってみた。なんと店舗中央は1階から4階までが吹き抜け構造になっていて、この部分にエスカレーターが設置されている。いわゆる銀座松屋が東洋一のスケールと誇っていた「空中エスカレーター」というヤツである。地方百貨店としては相当なスケールに圧倒された。余談だが件の「旧大和」跡地には再開発で新しく「TOYAMAきらり」という複合施設が建てられたが、こちらも隈研吾氏のデザインによる大きな吹き抜け空間があるようだ。
休日の店内の賑わいはさすが富山唯一のデパートということもあり、そこそこで活気がある。昨今苦戦を強いられている衣料品のフロアにも思っていた以上に買い物客の姿があった。
さてやはりデパートといえばデパ地下を見ないとその店の基本が抑えられない(本当?)ということでさっそく地下の食料品売り場を見に行った。結構な賑わいの食料品売り場のちょっと奥に行ってみたところ、、、
これまたびっくり!昔懐かしい回転台に乗せられたお菓子の量り売りコーナがあるではないか!自分も子どもの頃はよく親にせがんで買ってもらったものだ。まだ設備もそれほど古くはないないようだ。昭和の子どもにとっては夢のような売り場だったが、ここではまだ現役バリバリで稼働している。
この売り場、Wikipedia情報によると、どうも正式には「ラウンド菓子」というらしい。実は設備と菓子は名古屋の菓子問屋「松風屋」が提供しているもので、この回転台を含めた松風屋の売り場一帯を「スイートプラザ」と呼んでいるそうだ。つまり昔から一社で商品と設備を提供していたものなのだ。今や東京近郊ではまず見る事はないが、そういえば今は無き「旭川西武」の地下にも3年前の閉店まで設置されていたのを見たことがあるので、地方の百貨店にはまだまだ残っているのだろう。
さらにネットで調べてみると2019年6月の「週刊女性Prime」のサイトに、「全国では西日本を中心にまだ42店舗で展開している」との記事があった。意外にもまだ結構な台数が稼働しているようだ。レトロファンを含めて特に西日本を中心にまだ今でも需要があるのだろう。
いずれにしても「大和富山店」は地方百貨店としては大健闘しているようだ。
ラウンド菓子を見てもうすっかり満足してしまったので、大和を出て総曲輪通りの商店街を歩いてみた。すると大和の賑わいに比べて残念ながら著しく人通りが少ない。実際にすでにシャッターを下ろしている店舗も数軒見かけるところを見ると、やはり地方都市の商店街の現状が現れているようだった。ただし大和富山店のある再開発地区は富山地鉄の市内を循環する富山都心線ができたこともあってか大変な賑わいを見せている。
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グランドプラザ前停留所を出発した都心線の9000系セントラム
後方に見えているストライプ状のデザインのビルが元大和富山店の跡地に建った「TOYAMAきらり」 |
実は大和富山店は「総曲輪フェリオ」という再開発によって整備された大型商業施設の一部として営業している。「総曲輪フェリオ」に隣接する総曲輪のシンボルゾーンである「グランドプラザ」は開放感のあるアトリウムとなっており、様々なイベントに利用されている。訪問した日はちょうど古書市が開かれていた。古書と並んで中古CDも販売されていたので、ちょっと冷やかしてみたところちょうど探していた山下達郎の「Cozy」を発掘!なんという偶然、ラッキーにも1500円でゲットしてしまった。こりゃ金沢まで戻って「しらさぎ」に乗りながら「ヘロン」を聴きたくなってしまうではないか。。
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総曲輪フェリオの中心、グランドプラザの賑わい |
それはいいとして富山市は旧富山港線を路面電車規格にすることによって、交通システムの近代化と地域の活性化に成功した先進都市として有名だが、その後も市内を循環する路線を開通させることで市内中心部の再生に効果を発揮していることがよくわかった。少なからず大和富山店も路面電車との連携によって中心市街地の集客に一役買っている。その上、市内線は富山駅の直下にホームを設置したことで、雨でも雪でも濡れずにJR線から乗り換えができるようになっている。現在は駅北側から発車している富山ライトレールとの接続工事も進んでおり、ますます路面電車の利便性がアップするだろう。総曲輪のアーケード街ももう一花咲かせてほしいものだ。
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市内線の富山駅前停留所 |
ということで今回は地方百貨店と路面電車という昭和のシステムにまだまだ、というより大きな希望を持たせてもらった。いやー、たいしたもんだな富山。ということで中心市街地活性化に一役買うべく、総曲輪商店街のSHOGUN BURGERで和牛バーガーとクラフトビールで富山市訪問を締めくくったのであった。
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本格バーガーでボリューム満点である |
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ポテトもたっぷりビールが進む |
(了)