2010年5月17日月曜日

エアポート快特とは


第一馬鹿列車の最初の停車駅は京急蒲田である。京急蒲田駅改良工事一部完成で、どうにか高速鉄道然とした体裁を現しつつある京急空港線だが、マスコミで報道されている通りどうも様子がおかしい。とりあえず、途中下車をすることにした。
5月16日から、品川・羽田空港間ノンストップのエアポート快特が走り始めた。内田百閒先生なら、一番列車に乗ったであろうか。そのぐらい当ブログ主としてはかなり画期的な出来事である。以前岡山・福岡に勤務していたこともあり、今から7・8年ほど前には、よくこのルートを利用させてもらっていた。そのころの急行「羽田空港」行きは、青物横丁などにも停車し、空港線内は各停など、どうにものんびりとしたものだった。もちろんターミナルに直結していたので便利ではあったが、ワシ個人としてはどうにも「空港直結」とのイメージからは程遠いものだったように思う。その歴史を経ての今回の「エアポート快特」のデビューである。航空機利用者の大半から見れば、これほど画期的なことはない。実質1分程度の所要時間差しかないとしても、都心部のターミナルから空港までノンストップというのは、鉄道としてはかなりのセールポイントだろう。しかし、だ。先日テレビニュースを見て愕然とした。地元自治体が「蒲田駅通過の快特は約束違反」の暴挙だといっているらしい。その理由が「地元が負担した金は蒲田駅通過の快特のために投資したわけではない」との事だ。全く嘆かわしい。地元では「地域エゴ」との批判をかわすため、いろいろ弁解をしているようだが、この理屈でいくと成田空港アクセスを走る最速列車も新鎌ヶ谷に止まらければいけないのだろうか?どうやら大田区の反対派の方々には空港アクセス鉄道とは何であるかとの意識が全く無いようだ。
鉄道は「移動手段」であり効率よく移動するための「最適な道具」であるというのが当ブログ主の基本的な見解だ。単なる政治の道具や、ノスタルジーとして扱われるだけでは、「鉄道」は生き残れないだろう。今回の騒動を見て、あらためてこの基本的なことが多くの一般人はわかっていないのではないか、と痛感させられた。
日本航空があのような顛末を迎えることになった原点がここにも垣間見られるのである。