2020年5月6日水曜日

【馬鹿列車自粛シリーズ①】鉄道座席考その1

世の中コロナ感染騒動一色でとてもではないが「鉄道馬鹿旅」などできる状況ではないのでこのところなかなか取材(?)もままならない。そもそも鉄道の馬鹿旅など「不要不急」の際たるものである。そこで今回はいわゆる「有りもの」の資料だけで記事にすることにしてみた。
ありもの画像その①初代「馬鹿列車タイトル画像」
特に意味なし。東横線を走る懐かしの9000系
そこでまずは「鉄道の座席に座り方」について考えてみる。
毎年日本民鉄協会が調査している通勤電車のマナーについて、ちょっと前に最新の調査結果が公表された。2019年度の「駅と電車の迷惑行為」でワースト1に輝いた(?)のは「座席の座り方」だった。実はこの「座席の座り方」が1位になったのは10年ぶりだそうだ。昨年は「荷物の持ち方」で一昨年までは9年連続で「車内での騒々しい会話・はしゃぎ回り」だったとのことだ。ちなみに「車内の騒々しい会話」などこの後も続くであろう「コロナの時代」にはもってのほかであろう。
個々の迷惑行為についてはここではおいておくとして、再び迷惑行為として再認識されることになった座席の座り方を、実際の車両のシートごとに問題点を検証してみよう。なおここで問題にするのはロングシート を中心とした通勤電車についてだ。
ではいってみよう。(ドリフ調)

<「定員着座」ほぼ不可能〜昭和生まれの問題児・東京メトロ7000系の場合>

座り方の問題のうち、よくあるのが隣同士の間隔を開けてしまうことで発生する着座定員の減少だ。その多くはロングシート の一人当たりの占有幅の設定と分かりやすさに起因している。その点で車歴40年近い7000系は問題点の宝庫だ。
有りもの画像 その②
副都心線との乗り入れを前に、東横線旧渋谷駅に顔を出した7000系 
正直言ってこのデビューから車歴40年近い車両がまだ大東京の中心で活躍しているというのは驚きだ。はしばしに昭和の香りがする車両だが、そういったノスタルジーに浸るにはいささか座席の構造には問題がある。まず現役バリバリで副都心線系統で活躍している7000系第1次車のシートを見てみよう。
最も問題の多い7000系の7人がけ座席 すでに背もたれには6人分の「跡」がある 
座面は中央で分割されているが、背もたれ側のシートは分割されていない
この車両の車端部以外のドア間にあるロングシートの定員は7名だ。だが見ての通り、シートが横幅の中心で分割されているため、本来中央に座るべき乗客がこの隙間を嫌ってしまうので、どう頑張っても次の写真のような座り方になってしまう。

両端から席が埋まり、3人目がこのように座ると・・・
次の乗客はこのように座るので結果的に事実上6人しか座れなくなるという仕組み
つまりこの構造では7名の定員着席はどうやってもほぼ不可能だ。こうなるといくら乗客一人一人のモラルを問うたところで物理的に問題があるのだからきちんと座ることはできない。このシートの構造では必然的にスムーズに着座しようとするとこのシートでは6人がけになってしまう。普段7000系を利用する機会がある方はよくお分かりだと思うが、7000系にはこのほかシートが3・4人幅に分割してあり、定員着座を促す目的で着座位置をストライプでデザインしたものもある。

しかしこの工夫もほぼ功を奏していない。なぜならそもそもの長手方向の長さが7人がけとしては一人当たりの幅が足りていないのである。7000系の場合一人当たりのシート幅は430mmだが同じ路線を走る東京メトロ10000系は460mm、東急5000系系列は450mmとゆとりを持たせている。これらの車両は1人分の幅で座面に凹凸をつけてある上、スタンションポールによって3・4人、または2・3・2人の区切りをわかりやすくしていることもあり、終日ほぼ間違いなく定員着座が実現している。
こちらは東急5000系と同じ設計の横浜高速鉄道Y500系のロングシート
緩やかな凹凸とスタンションポールがミソ
おなじ東京メトロの車両で比べた場合、その差は実寸ではたかが3cm、7人分で21cmだがこの微妙な差がゆとりを生み出すか否かを決定づけている。7000系はこの中途半端なシート幅のおかげで8両編成で単純計算すると本来座れるはずの48人もの乗客が立たされていることになる。実際、10000系や東急5000系であればほぼ間違いなく7人がけができるのだからこの差は大問題だ。40年の間にそれほど日本人がデカくなったわけでは無いだろう(もしかしたらなっているのか?)から、この辺りは設計思想の変化なのだろう。とにかく昭和生まれの働き者7000系は旅客サービスの面では問題児である。

ということで、このところ在宅勤務のおかげであまりこのシート問題に煩わされることもない状況だが、当面はこの「座席シリーズ」で茶を濁すことにする。おかげさまで「ステイホーム」とやらで時間はたっぷりあるので、このあとはライ・クーダーのAcross the borderlineでも聴きながら記事の更新を続けるとするか。。。(続く)