新潟発11時47分、村上行きの933Mに乗車したところから再開である。
さて途中駅での乗客の入れ替わりは新発田で一段落し、羽越本線に入ってからは、車内もいっそう空席が目立つようになった。車窓右手には遠く飯豊山地に連なる山並みも臨めるようになり、いよいよ旅情を掻き立てる。やはりクロスシートはいいな。。
新潟を出発してちょうど1時間、途中の平木田駅(胎内市)のホーム越しに「新しい鉄道林」と書かれたモニュメントに目が止まった。
後方にはかなり立派な防風林が続いているが、このモニュメントの周辺はまだ枯れ草か苗木か判然としない植生の空き地が広がっている。あとでJR東日本のホームページで調べたところ、JR東日本では2008年から線路の防災と環境保全の両立を目指して、更新時期が来た鉄道林の樹木を植え替える「新しい鉄道林」プロジェクトを進めているそうだ。この平木田駅周辺の「新しい鉄道林」は昨年9月に植樹したもので、正式名称は「平木田1号鉄道林」といい、プロジェクト開始10年目の記念林ともなっている。植樹式では地元の人たちなど700人が参加して0.8ヘクタールの用地に7000本の苗木を植樹したとのことだ。
駅近くには既に成長した木と若木が混在した美しい鉄道林がのびる |
この「新しい鉄道林」も、以前は単一種だった森を複数樹種に変えることでより強い生態系を維持することを目的としている。
思い返せば場所は違うが羽越本線では2005年に特急「いなほ」が暴風雪による突風で脱線、多くの死傷者を出す大事故がおきている。
あらためて自然に対する恐れや敬意がなければ、人間なんぞちっぽけな存在であることを思い知らされる。そう考えるとこうした自然林によって人工物を守ることの意味の重さを感じるのである。
「女鹿(めが)」駅手前の海岸線
とかなんとか偉そうなことをつぶやいているうちに、新潟を出発して約1時間20分で終点・村上に到着である。
快適なE129系の旅はここまで。ここから羽越本線でも有数の景観をたのしめる区間に入るが、次に目指す列車、酒田行き827Dは約50分の待ち合わせだ。いささか時間が空いてしまうのでとりあえず改札を出場して駅前を探索してみた。
村上市は「鮭の町」として全国的に有名だ。ここはひとつ名物の鮭を昼食の目玉にと思っていたのだが、お目当にしていた駅前の食堂が臨時休業だったため、食いっぱぐれ&時間持て余しとなった。。ちなみに写真にはないが、駅前には村上市出身の作曲家・大和田愛羅という人物が作曲したとされる唱歌「汽車」(「今は山中、今は浜・・・」)の記念碑が建てられている。(ただし作曲者については諸説あるらしい)
ということで仕方ないので駅の売店NEWDAYSで食料品を調達して次なる列車に乗り込んだ。この827Dは933Mの到着前から既にホームで乗客を乗せていたようだ。まだ発車まで30分以上あるというのに10人ぐらいは既に車内でくつろいでいたのには少々驚いた。
村上駅は直流区間と交流区間の接続点になっている。ここから北に向かう区間は交流電化区間となるが、酒田までを管轄する新潟支社は直流方式の普通列車用電車しか持っていないため、すべての普通列車はこの先、架線の下を延々とディーゼルカーで運行する。
おかげで酒田まではまだ「ロングシートの旅」はおあずけなのだが(別にロングシートに乗りたがっているわけではない)、車両はさすがにかなりくたびれてきた感のある新潟色のキハ47、2両編成だ。乗り心地はそれなりであることは覚悟の上で、これからの車窓の絶景に期待が膨らむ。
ぶっきらぼうなサボも懐かしさを誘う |
ただしここでちょっと気になることがある。村上を挟んで交直区間を直通する普通列車はどのくらいあるのか、調べてみたところ下り酒田方向は1日8本中、酒田行2本、鼠ケ関行が1本あるだけだ。素人考えではあるが、ほとんどの列車が村上で分断されているのだから、村上・酒田間の列車は秋田支社から701系を借りてきて走らせた方がスピード的にも運行コスト的にもいいのではないかと思ってしまう。もっとも車両が足りないだろうし、デッドセクションの位置と切替方式を変えなければならない。非現実的な上に、そもそもそんなことをすると「18きっぷ」連から総バッシングをくらうこと間違いなしである。
そんなわけでここからは昭和の香り満載のディーゼルカーの旅である。30分以上も前から出発を待っていた乗客がいたので、いったいどのくらいの利用者がいるのかと思ったら、結局出発直前でも2割程度の乗車率だった。ディーゼルの豪快な起動音を轟かせて列車は定刻通り村上駅を出発した。否が応でも六角精児バンドの「ディーゼル」のメロディーが頭に流れてくる。
それにしてもあらためて国鉄型の車両で旅をすると、やはり「これだよ、これ」という気持ちになってくる。それもほぼ垂直みたいな背ズリの青いモケットのシートに座ると、乗っているこっちも背筋がピンとなってくる気がする。しかしながら経年変化は如何ともし難く、背中を動かすたびに背ズリの腰のあたりが「ボコッ、ボコッ」と怪しい音を立てて凹んでは元に戻るといった挙動を繰り返す。さすがに他の乗客の迷惑になっていないかと少々気になるが、幸い一人で1区画を独占できるようなこの乗車率なら問題ない。
村上を発車してまもなく車内検札が行われた。この区間はワンマン運転ではなく車掌が乗務している。検札が終わったあたりで、列車は日本海に面した区間に出てきた。
日本海が車窓いっぱいに広がる |
これぞ「日本海縦貫線」の醍醐味である。これだけ海岸線に沿って長い区間を走る路線はそう多くない。やっぱりロングシートでなくてよかったとつくづく思う。
この日は4人掛けの1区画を独占できる程度の乗車率なので、ほとんど貸切状態でしばし車窓を楽しめた。それにしてもやはり老兵キハ47、エンジンを唸らせながら走る様は、何となく「遅い」というイメージにつながる。
名勝「笹川流れ」も車窓から楽しめる |
ところがどっこい、「遅い」というのは単なる思い込みで、この827Dの場合、村上・酒田間107.5kmの所要時間はちょうど2時間30分、表定速度にするとぴったり時速43kmだ。京浜東北線(東京〜桜木町 平日日中)の快速よりもちょっと速い。大都会の鉄道と比べることにあまり意味は無いが、ディーゼルカーだからといってバカにしてはいけない。普通列車としてはそこそこ速いのである。ちなみに新潟・村上間の933Mの表定速度は時速約45km。線形に加え駅間距離の違い(827Dの方が平均の駅間距離は約1kmほど長い)や途中の列車交換の有無があったとはいえ、ダイヤ上の速さだけを比べれば最新の電車列車とほとんど変わらない。このあたりは駅間の長いローカル幹線ならではの利点だが、とにかくキハ47、今も大活躍である。なるほど、701系を借りるまでもないわけだ。
そうこうしているうちに、午後のゆるい日差しを浴びながら列車は日本海から徐々に離れ、庄内平野へ入ってきた。こちらもそろそろ退屈してきたので、村上駅で購入した新潟限定ビール「風味壮快ニシテ」を開けて、しばし「酒鉄」を決め込む。ちなみにこのビール、我らが北海道が誇る「サッポロクラシック」の兄弟のような商品だ。味わいも決して引けを取らない。新潟に行ったらはずせないビールである。旅の贅沢三昧を堪能する。
軽い酔い機嫌でウトウトしかけたところで、あっという間に終点酒田駅に定刻通り到着した。件の羽越線事故現場も気がつかないうちに通り過ぎてしまっていた。時刻は16:17、そろそろ帰宅を急ぐ人たちが駅に向かう時刻が近づいている。
ここ酒田から先は今日の最終ランナー、秋田行553Mがトリを務める。乗り継ぎ時間は13分なので、ぼーっとしている暇はない。そしてついにここからお待ちかね、秋田の主役・701系のお出ましだ。これから秋田までの1時間50分にわたる「ロングシートの旅」の幕開けである。
ついに出た 701系
物好きな旅人を秋田まで運んでくれる今日の主役は秋田車両センター所属のN24編成である。2両編成でこの区間はワンマン運転が行われる。ワクワクしながら(なんで?)ボタン式の半自動ドアを開けて早速車内に乗り込む。
当たり前の話だが乗ってしまえばただの通勤電車でした。。。
色気も何もあったものではないが、車歴は経っていてもそこは新系列電車らしい明るさがある。同じ通勤型でも103系のような薄暗い蛍光灯の車内とは大違いだ。そりゃ当たり前だけど。。ちょっとおしゃれな感じの赤い背ズリの部分は優先席だが、いかにも「とりあえず優先席は指定しておきましたよ」的な印象は拭えない。何しろ2両編成オールロングシートに加えこの利用者数だ。優先席の必要性はどんなものだろうか。もっともラッシュ時は混むのだろうが、いずれにしてもわざわざ「優先席だよ」と指定する前に、せっかくのロングシート(?)なのだから、せめて地方の鉄道はもっと譲り合いの精神を醸成するべくモラルの向上を図ってもらいたい。
それはいいとして、ちなみにこの553Mの表定速度は57.7km/hだ。あの京急の快特でも59km/hぐらいだから、単純に比較はできないものの、私鉄の通勤特急クラスやJRの都市部を走る快速列車相当の速さということになる。
ロングシートであることで、鉄道ファンからはあまり評判のよろしくない701系だが、運転席からの前面展望はかなりよろしい。先頭車の最前席に座れば顔を横に向けるだけでソコソコの「電車でGO」気分を味わえる。ここから見ると、結構なスピードで走っていることが改めて実感出来る。
実はこの電車、やたらと加速がいい。諸元を見ると突出して加速性能に優れているというわけではないが、乗車人数が少ないことも影響しているのかもしれない。加えてこの前に乗っていたのはキハ47ということもある。比較の問題もあるだろうが、とにかく出発時の加速がすごい。停車中にトイレに行った際、発車したところで一瞬よろめいてしまった。別に歳だからではない(と思う)。車でいうとGTRみたいな加速感だ。(これは言い過ぎだ)ちなみに走行中も相当なスピードで走っている。ボルスタレス&ダンパーなしとなれば、乗り心地はあまり良くはない。立っていると吊り革なしではちょっと厳しいだろう。一言で言うと「跳ねている」感じの走りだ。これぞ平成の「ラビットカー」だな。そういう意味では快走していることは確かである。
ガラガラの車内 ロングシートがいっそう長く見える |
さて、あらためて車内をじっくりと観察してみる。出入り口のステップが一段下がっている以外は都会の通勤電車と全く変わらない。強いて言えばびっくりするほど車内広告が無いことか。それも選挙の啓発広告の他は自社の宣伝だけである。他人事ながら広告収入が無くて大丈夫かと心配になる。
それはともかく、やはり旅情の点ではどうにも今ひとつではある。ロングシートの味気なさは如何ともしがたい。
とはいえ、悪いことばかりでも無い。先ほども書いたようにこの電車、「跳ねる乗り心地」はともかく、とにかく速いことこの上ない。50系客車から701系に変わった時は、さぞかし地元の人たちは喜んだのでは無いだろうか。そもそも通勤通学に利用する人たちにとっては、速さが最も快適さを示すバロメーターだろう。自分でも車両だけの問題ではなく基本的には「速くて快適」であることは通勤電車にとって最も望むことだ。例えて言えば、確かに東急9000系の車端部にあるクロスシートはそれなりに魅力だが、やはり混雑している時の乗り降りは面倒だ。「それと地方の電車を比べちゃいけねえよ」という声が聞こえてきそうだが、ロングシートの採用にあたっては車内清掃や利用者のマナーの問題もあったという話を聞くと、たまにしか利用しない旅人のためにどこまでサービスを考えるのかは難しい問題なのかもしれない。
さてロングシートは旅情が無いとはいうものの、やはり景色はすばらしい。車窓からは鳥海山が見えてきた。なにしろ車内はガラガラだ。さすがに子供のようにシートに逆向きに座って窓にかぶりついたりはしないが、体を横に向けて座ればクロスシート以上に車窓の景色が迫ってくる。空いてさえいれば、ロングシートの不自由さはあまり感じない。
酒田を出てしばらくは内陸を走るが、吹浦を出たあたりから再び日本海に沿って海岸線を走る。おかげで山と海、どちらも絶景を楽しめる。
どうでもいいが、ちなみに日本には「メガ」以外「ギガ」駅も「テラ」駅も無い |
そうこうしているうちに東京を出発してそろそろ8時間が経過しようとしている。さすがに「乗り疲れ」には勝てなくなってきた。こういう時、ロングシートはよろしくない。惰眠を貪っていると、はたから見れば完全に疲れ切った通勤帰りのサラリーマンにしか見えない。まあ、似たようなものだが。とはいえ夕暮れが近づく中、睡魔にはかなわず電車の揺れに任せてしばし眠ってしまった。
「横向き」に座っていても車窓はそれなりに楽しめる |
目が覚めた時にはすでに仁賀保駅に到着していた。秋田まではまだ50分ほどかかるが、なんせトータル9時間超の行程である。もはや本日の旅は終わりに近づいている。
ということで(はしょりましたけど。)無事秋田駅に定刻通り到着!18時19分、東京駅を出発して9時間7分の旅の完了である。とても最速の上越新幹線を使ったとは思えないが、新潟からは約6時間半、途中1時間近い待ち合わせが2度あったので普通列車の旅としては上々だ。2時間弱のロングシートの旅だったが、いざ乗ってみればそれほど苦痛ではなかった。ただし感じ方には当然個人差がある。誰にでもお勧めできるものでは無い。
新幹線ホームに「こまち」が止まっていた こいつに乗れば東京・秋田間は最速3時間50分台の行程だ |
ということで「日本海”半”縦断の旅」の前半戦終了である。あすはいよいよ3時間超のロングシートの旅が待っている。今日は早めに宿を取り、昼の食いっぱぐれを取り戻すべくイーグルスの「New Kid In Town」を聞きながら夜の秋田市内に繰り出した。さあ秋田の銘酒「秀よし」と「刈穂」が待っているぞ。
後編につづく