2019年4月6日土曜日

平成電力綺譚


今年も青春18きっぷの季節がやってきた。 そんなわけで今シーズンは手始めに烏山線に乗り込んだ。 久々の記事としては地味だな。
 目的はこいつ、JR東日本が誇るEV-E301系蓄電池電車の現認である。 何と言っても日本で最初に実用化された蓄電池を電源として走る電車である上に 唯一の直流電源を使った蓄電池電車という個性的な車両と聞けば、そりゃ一度は乗らないわけにはいかない。


こんな話、もうよくご存知の方には釈迦に説法で申し訳ないが、とにかく本人は物珍しさだけで出かけたのでご容赦いただきたい。
さてこの車両、運行開始は2014年3月とのことなので、今年で早くも5年目を迎えている。 ボディに描かれた愛称の「ACCUM」のロゴと車内にある電源の状況を表示するディスプレイが 「蓄電池電車でござい」と主張している。

この車両の場合、直流電車の機能と蓄電池電車の機能を持っている。直流電化区間では架線から受けた電気で走りながら、同時に車両に搭載された蓄電池にも充電して非電化区間に入ると蓄電池で走行する。最も面白いのはこの蓄電池が「急速充電」されるという点だ。つまりスマートフォンのでかいやつ、あるいはダイソンがでかくなって電車になったみたいなものだ。
乗りごごちは至って快適。ある意味、ふつーの電車だ。とはいえディーゼル時代からは比べれば、普段使いしている利用者にとってはこの新車の乗り心地は感動ものだったに違いない。
終点の烏山駅に着くと一部だけ「電化」されている区間があり、ここでパンタグラフを上げて「急速充電」を行う。なかなか面白い光景だ。
よく見ると、この区間の架線は一般に見かける鋼線ではなく、地下鉄などで使われるいわゆる剛体架線というやつだ。なんでも急速充電中に流れる大電流に耐えるためにこういう構造になっているそうだ。

充電できる位置を示す表示がホーム上とホームと駅前広場を仕切るフェンスに表示されている。お間抜けな人は「充電ゾーン」の表示を見て携帯の充電をしようとしないか心配にならなくもない。そんな奴はいないが、とにかく万が一停止位置がずれたら充電できないわけだから、ホームドアほどシビアではないにしろ位置合わせは重要だ。「朝起きてみたらApple Watchの充電ドックが外れて充電できていなかった」という経験をよくするが、こちらはそれどころの騒ぎではない。充電位置に正しく止まっているかどうかは保安設備ATS-Psで判別しているそうだ。

ATS-Psの地上子
車止めの先には充電設備のための変電所があり、ここから交流の商用電源を直流1500Vに変換している。何から何まで大掛かりな設備である。

JR東日本によると2017年度の烏山線(宝積寺・烏山間)の1日の平均輸送実績は1450人弱ということだが、驚いたことにこの数字、ほぼ同じ距離を走る山形県の左沢線の約半分だ。 ちなみに交流式の蓄電池電車を導入したもう一つのJR東日本の路線、秋田県の男鹿線もほぼ同じ路線長で1日の輸送人員は約1900人という。
搭載できる電池の容量から充電式電車を走らせるに適した長さということでこの2路線が選ばれたようだが、この規模の輸送量の路線にこれだけの設備投資をしたのだから、素人としてはやはり巨大企業ならでは余裕を感じざるをえない。やっぱりもう少しJR北海道にも援助してやってくれ。

なにはともあれキハ40などという昭和ムキ出しのレトロなディーゼルカーをこの日本初の最新車両で一新したのだから、地元の人たちにとってはどれだけインパクトがあったのか、想像に難くない。 「昭和ムキ出し」という意味でいえばば烏山線の終点、烏山駅前の商店街はまさに昭和から時間が止まったような佇まいで、その静けさが実に心地よい。

いくつかの商店の店先にはEV-E301系がデビューした当時の地元の期待をそのまま伝えるかのようにこんなペナントが今でも掲示されていた。
そもそも「ペナント」などというもの自体、昭和そのものである。
少々失礼な言い方ではあるが、こんなどこにもある地方のローカル線に突然最先端のテクノロジーで走る電車がやってきたのだから、さぞかし衝撃も期待も大きかったのではないか。
烏山のメインストリート(か?)
そんな地元の期待をおそらくは集めていたであろう「蓄電池電車」はすっかり「地元の足」として、そして「普通の電車」として定着している。おそらくは私のような一部の「その筋の人々」が物珍しさに乗りに来る、ということももうそれほど多くはないのではないか。 
そもそも地域の足として利用する人たちにとってその鉄道がディーゼルであろうと電車であろうと、はたまたこのような蓄電池電車であろうと、いざ走り始めてしまえば「どうでもいい」話である。要は乗客が評価するのは利用しやすいか、乗って快適かどうかだ。
烏山線も基本的には観光路線ではない。そういう意味で、やはりこの路線も全国に数多くあるローカル線とそう大きく変わらない状況だが、そこに投資される資本には当然ながら企業の体力によって地域差がはっきりと出ていることを痛感するのである。
ちなみにJR東日本は自前の発電所を持っていることで知られているが、今ではメガソーラーまで自前で建設している。自社で使う電気の50%を自営の発電所で賄ってしまうというからこれまた驚きだ。
鉄道とは無関係だが、烏山駅の東側には民間の太陽光発電所があった。
時間が止まっているように見える地方の風景の中にも、時代変化の「地域差」ははっきり見える。
         
          烏山駅の東側には民間の太陽光発電所も

ということで本日もダラダラと続いたが、今回の結論である。JR北海道もせめてバスと鉄道車両のハイブリッド車、DMVでも実用化できていれば地域の風景も変わっていたのではないかと残念でならない。太陽光で充電した蓄電池を使ってDMVでも走らせていたら、ちょっとした鉄道革命になったかもしれない。
ちなみに北海道のように緯度が高く冬の日照時間が短い地域でも、気候が冷涼な場所は太陽光発電の効率が良いそうで、実はあれほど冬の厳しい北海道でもソーラー発電所をよく見かける。
なんでもかんでも「平成最後の話」のようなことを書くのは気がひけるが、この30年でひとつはっきり変わってきたのは、原子力発電がなければ日本は破綻するといった寓話に疑問を持ち始めた人たちが増えたことは、この時代の学習成果の一つかもしれない。
そんなとっちらかった気分でエレクトリック・ライト・オーケストラの「Train Of Gold」に耳を傾けつつ、地元・那須烏山市にある島崎酒蔵の銘酒「東力士」を土産に帰途に着いたのである。