2019年5月16日木曜日

大阪環状線考 【その1・基本編】

大阪はロマンとカオスにあふれている、ということで今回は関西に進出した

普段自分が住んでいる地域以外の交通機関は、過去に用事があって利用したことがあるか(あるいはしばしば利用している)、その筋の愛好家以外はほぼ知識がないため、いざ利用することになると何かと不安なものだ。今でこそネットで簡単に検索できるとはいえ、その情報が思いのほか複雑だったりすると結構お手上げである。
そういう点で首都圏に住む者にとって、関西の鉄道はなかなかに奥が深い。特に「東の山手線」に対して「西の大阪環状線」と並び称される(かどうかわはわからないが。。)は「大阪のカオスを代表する鉄道」である。そこで今回は関西の皆さんには失礼ながら、勉強不足を反省しつつ大阪環状線を徹底的に学ぶことにした。
橋上駅舎化された新しいコンコース下をくぐる外回り環状運転の普通列車
そもそも関東人にとって「なぜ大阪環状線がカオス」なのかをもう一度確認しておきたい。
それは何より「ただぐるぐる回っているだけではなく、行き先が色々ある」点に尽きる。大阪環状線は東京の山手線のような単純環状運転ではないため、うっかり列車を乗り間違えると「気がつけば奈良」もしくは「気がつけば関西空港&和歌山」といったことになりかねない。さらに環状線の西側区間では快速運転も行なっているので、停車駅にも要注意だ。
次に大阪駅のホームも少々変わっている。今でこそ再開発による大改装で橋上駅舎となったおかげで連絡橋を使えば各路線同士がフラットに乗り換えができるようになったが、地平の改札口からだと環状線へは中途半端な段差を介してホームに上がる構造になっている。

たとえばここ。この写真ではわかりにくいが、奥が改札口につながっている地上コンコースで、右方向が御堂筋口改札だ。手前が環状線ホームに上がる方向だが、この中途半端な段差を上がるエスカレータは、ホームに対して直角についている。つまり東海道線の各ホームへはまっすぐ上がるだけだが、環状線だけホームに上がる方向が違うのである。このあとホームに上がるためには、さらに90度曲がって階段、またはエスカレーターを使って上がることになる。改札から数えると段差が「2段構え」なのだ。一段上がった踊り場にあたる箇所は天井も引く、狭い通路は少なからず迷宮の様相を呈している。こことは別に、そもそも大阪駅構内は段差が多く、地上改札からだとバリアフリーの点では少々使いにくい構造になっている。
ただ大阪駅に段差が多い理由は、この場所が長年地盤沈下の影響を受け続けてきたからという事情がある。2008年10月の朝日新聞関西版の企画記事によると、大阪駅は昭和20年代から地盤沈下に悩まされ続けてきたため、軟弱地盤に新たに長い杭を打ち込むという工法で、それもスコップで土砂をかき出すという過酷な作業を経てどうにか沈下を食い止めたそうだ。
そう聞くと、よく現在のような巨大構造物を新たに建てたものだと感心する。
環状線1番線ホームの混雑を眺める  現在の大阪駅は巨大な傘に覆われているような構造になっている
兎にも角にも、これらは普段から使い慣れている関西の人々にとっては「何ゆうてまんねん」(大阪弁として正しいかどうかあやしいが)と言われそうだが、たまにしか利用しない非関西人にとってはかなりのハードルの高さだ。
1番線 西九条・新今宮方面 西半分を回って天王寺に向かう内回り方面の案内板
ということで、まずは環状線の起点である大阪駅のホームで発着の様子を見学してみた。
各ホームの発車案内板を見ると内回りと外回りでは情報量にずいぶん違いがある。
2番線 京橋・鶴橋方面 外回り方向の案内板 種別は全て「普通」のみ
それもそのはずで、京橋・鶴橋方面の2番線から発車する外回りの列車はすべて各駅に停車して、天王寺または京橋止まりかそのまま環状運転するのに対して、西九条・新今宮方面に向かう内回りの列車には快速運転を行う列車がある上に、さらにそれらの快速は天王寺から奈良線へ直通するものと阪和線に直通するものがある。したがって案内も複雑になるのは当然である。
ということで不慣れな非関西人である私はさっそくホームの駅員に「天王寺はどちら回りが早いですか?」と尋ねたところ「どっちでもほぼ同じやねぇ。先に来た電車に乗りなはれ」(とは言っていなかったと思うが)とのことだった。実際には普通列車同士であれば、日中の天王寺までの所要時間はおおむね内回りが約20分、外回りが23分となっている。もちろん内回りの快速に乗れば最も早く、最速16分で大阪・天王寺間を結んでいる。くだんの駅員氏の発言は、ちょうど1・2番線に普通列車が来るところだったことによる。

あらためて出発案内板を見ていたら、どちらの方向もほとんど完全な環状運転をしないことに気がついた。この日は休日ダイヤだったが、時刻表を見ても、天王寺からそのまま環状線を周回運転する列車は平日・休日に限らず終日ほぼ1時間に4本しかない。特に注意しなければいけないのは天王寺から環状線を離れる列車が多い内回りだ。外回りは周回運転しない列車は天王寺止まりがほとんどなのでまだいいが、何かの間違いで内回りの電車で寝過ごしたりしたら、かなりの確率で環状線の外へとはじき出されてしまう可能性が高いということになる。運が悪ければ(?)天王寺にもたどり着かず西九条から用もないのにUSJの目の前まで連れていかれることもある。山手線であれば、「いやー、うっかり逆方向に乗っちゃった」ということが許されるが、大阪ではそんなゆるい気持ちでいるとヤバイことになる。この段階ですでにおそるべし、大阪環状。

そんな基本的な情報を整理して、まずは内回りで天王寺へ向かうことにした。
やってきたのは関空・紀州路快速だ。先ほど「ほとんど完全な環状運転をしない」と言ったが、これは正確ではない。実際には「1周しか環状運転をしない列車がほとんど」というのが正しい。ホームに進入してきたこの関空快速も始発は天王寺なので、とりあえず内回りを1周してから阪和線方面へ向かうことになる。逆に奈良・和歌山方面から環状線に入る列車は、天王寺から外回りを1周してまた天王寺(または京橋)で終着となる。一部に京橋・大阪を終点とする列車はあるが、ほとんどの列車は環状線の外回りを天王寺まで一周してやっと終着となる。つまり基本的に環状線外を起・終着点としている列車はどちら方向も環状線を1周するというのが基本になっている。わかりやすく言えば、マラソンにおけるスタンド内1周みたいなものだと思えば良い。ただ大阪環状線の場合はスタートとゴールで周回方向が異なるということになる。
という基本知識を確認した上で、早速やってきた225系関空快速の先頭、1号車に乗り込んでみた。実はこの列車、前4両が関西空港行きの「関空快速」で後ろ4両は和歌山行きの「紀州路快速」だ。なんとここにもささやかなトラップが仕掛けられているのである。今は下り方面は前が関空行き、後ろが和歌山方面行きに統一されているが、かつては連結順が列車によって前・後バラバラだったこともあるとのことで、和歌山方面に誤乗してしまう外国人観光客も結構いたそうだ。
何事もなかったように野田・芦原橋・今宮などの通過駅が「ー」だけになって“消滅”している
そんな関空快速だが、自分は関西の鉄道に不案内なので、まずは車内のサイネージで停車駅を確認してみた。気がつくと何だか表示されている駅が少ない。なんと野田、芦原橋、今宮といった通過する3駅は表示されていないのだ。よく見ると当該の駅がある箇所は「ー」とだけ表示されている。ちなみに天王寺から堺市の間に至っては大胆にも「ー」だけで一気に7駅もすっ飛ばしている。何でもかんでも関東と関西を比べるのはどうかと思うがこれはあまり関東では見ない表示方法だ。たとえば京浜東北線の快速では通過駅の駅名は薄いグレーで表示し、駅を示すポイントは矢印で通過することを示しているが、ご当地大阪では通過駅は存在していないも同然の扱いになっている。「通過する駅は表示する必要がないやろ」ということなのか、このあたりは大阪の合理主義なのかもしれない。ただこれらの通過駅に行くつもりの乗客がうっかり快速に乗ってしまった場合、自分が降りる駅がどこにも表示されていないとなると、一体自分は今どこにいるのか、このあとどうすればいいのかとパニックにならないのか心配になる。まあ大きなお世話ではあるが。
そんな 慣れない旅人にとっては少々ハードルが高い大阪環状線だが、車窓風景は山手線とは比べ物にならないほど変化に富んでいて、実に乗っていて楽しいことこの上ない。「浪華の八百八橋」と謳われる水の都らしくいくつもの鉄橋を渡り、近代的な高層ビル群を抜けて走るかと思えば、昭和の風景が残る下町風情の町並みの中を走るなど、沿線風景はかなり見応えがある。その上、列車によってはこの風景を転換式クロスシートに乗りながら眺められるのだから、この段階で山手線は完敗だ。
ということで、桑田佳祐の「OSAKA LADY BLUES ~大阪レディ・ブルース~」を脳内で口ずさみながら、完全個人的&趣味的大阪環状線のささやかな旅の始まりである。なお今回は通勤路線なので「酒鉄」は環状線完全制覇後までお預けだ。(続く)