2019年11月27日水曜日

【観光馬鹿列車①】花嫁のれんの旅~前編

一人旅の場合、なかなか「イベント列車」に乗る機会は少ない。(と自分では思っている)その1番の理由はほとんどが週末・休日限定運行だったり、そもそも人気が高すぎてチケットが取れないことにある。それでも最近はネットから簡単に席が取れる観光列車が増えてきたおかげで、この頃は「たまには乗ってみるか」という気にさせられる。
ということで今回は「観光馬鹿列車第一弾」(運行している側にすればはなはだ失礼なネーミングだがこれは褒め言葉です)として、JR西日本が誇る観光列車のひとつ「花嫁のれん」に乗ってみることにした。この列車イベント列車としては珍しく、土日祝だけでなく季節によっては月曜日や金曜日にも運行している。その上1日2往復も走っているのだ。したがって平日を狙うとかなりの確率で簡単にチケットが購入できる点がありがたい。
そんなわけで10月の月曜日を狙って和倉温泉発「花嫁のれん2号」のチケットをゲットし、一路金沢を目指した。


東京駅で東海道新幹線と肩を並べる「はくたか」、出発前のスナップである。この日はJR東日本のF2編成が充当されていたが、ご存知の通り北陸新幹線の長野車両センターは10月12日の台風19号による千曲川氾濫によって車両と施設に甚大な被害を受けた。このF2編成もこのあと長野車両センターで被災している。結局他のE7系6編成とW7系3編成とともに廃車が決定したようだが、いま改めてこの映像を見ると何ともつらいものがある。

それはさておき、早速この日の一発目の一杯だが、ここはやはりE7系に乗るからにはこれしかない。「グランアグリ」というネーミングに加え、缶のデザインを見れば一目瞭然、誰がどう見ても新幹線車両を意識しているとしか思えない商品である。このビール、「わくわく手作りファーム川北」という醸造所が北陸新幹線の金沢開業とあわせて世に送り出した石川県発のバイツェンだ。なかなかの本格派バイツェンである。まずは東京出発を祝って(?)BGMに昭和フォークの名曲・BUZZの「さらばTOKYO」を聞きながらのどを潤した。
 ということで上野トンネルに入るころにはすっかりご機嫌である。ちなみに今回はJR東日本の「大人の休日倶楽部」の「北陸フリーきっぷ」という商品を利用している。東京都区内発だと22000円ちょっとで北陸フリーエリアの新幹線を含む特急自由席が乗り放題に加え、北陸エリアまでの往復新幹線普通指定席が利用できる結構な優れものだ。この切符を使えば、「花嫁のれん」のような観光列車も指定特急券さえ追加すれば乗車できるのでありがたいのである。
さてそんなご機嫌気分でぼーっとしているうちに長野に到着した。向かい側のホームには一足先に到着した「あさま」として運行してきた列車が止まっていた。あとでよく見るとF10編成のようだったが、こちらも残念ながら今回の台風で廃車となったとのことだ。あらためて台風災害の恐ろしさを実感する。
とかなんとかいっているうちにあっという間に金沢到着である。


 自分は以前名古屋で勤務していたことがあるので、新幹線開通前の金沢にはしょっちゅう出張で訪れたことがあるが、富山と合わせて駅前の変貌ぶりには全く驚かされる。こうして壮大な幾何学模様の構造物(「もてなしドーム」というらしいが、ネーミングが。。。)で覆われた駅前のバスターミナルを見ると何事か!?と思わざるを得ない。何はともあれ今宵は明日に備えて駅前のドーミーインで夜食のラーメンをすすりながら英気を養った。


あけて翌日は爽快な秋晴れであった。早速8時56分発の七尾線特急「能登かがり火1号」に乗って七尾に向かう。ここで今回の目的が「花嫁のれん」に乗るはずなのに何でいきなり?というなかれ。乗車予定は和倉温泉から金沢に向かう上りの「花嫁のれん2号」なのである。わざわざ上りに乗ることにしたのはそれなりに理由がある。それはまた後程。


さて、その問題(何が?)の「能登かがり火1号」だが、案の定ほとんど回送状態で金沢を出発した。そもそもこの列車は和倉温泉方面への新幹線接続列車なので、平日朝の一番列車は必然的に乗客は少ない。その上、6往復のうち4往復の列車が「しらさぎ」または「サンダーバード」の基本編成6連で運転しているので、いささか座席数が過剰提供されているのは否めない。附属編成3連で運転される列車以外はグリーン車も連結されている。一体利用者はどのくらいいるのだろう。
ちなみにほとんどの列車は「しらさぎ」の間合い運用だが、この「1号」は珍しく「サンダーバード」編成である。

列車は金沢を出ると途中の津端までしばらく「IRいしかわ鉄道」となった区間を快走する。七尾線は城端線、氷見線や大湊線と同様にJR本体の鉄道ネットワークから切り離された飛び地路線だ。
その上、旧北陸線であるIRいしかわ線が交流電化なのに対して直流電化区間というのだから、その「飛び地っぷり」はすごい。


途中の免田駅で上りの「能登かがり火4号」と交換する。こちらは「しらさぎ」用の6連である。この免田駅の一つ先、七尾方面の宝達駅との間にある宝達川は天井川になっているのでこの川をくぐるトンネルがある。このトンネルの断面が小さいために交流では絶縁が不十分であると判断されたために直流電化になったという、いわば七尾線電化のルーツみたいな場所である。残念ながらこの小さなトンネルは一瞬で通過してしまうのでなかなか気づきにくい。



さてその七尾線の車窓風景だが地図で見ると海に近い場所を走っているのかと思いきや、どこまでも田園風景が続く。実際にはかなり内陸部を走っており、和倉温泉まで車窓から海を見ることはない。そういう点では観光列車が走る路線としては少々平凡な風景ではある。
そうこうしているうちに列車は約50分で七尾に到着した。
七尾市のゆるキャラ「とうはくん」がホームでお出迎え
せっかく能登半島までやってきたのに海を見ずに帰るのもしゃくだ。(いやほとんどの観光客は和倉温泉で海を見るのである)和倉温泉発の「花嫁のれん」までまだ2時間以上ある。とりあえずいったん七尾で下車して七尾港まで歩いてみた。



町の中心を流れる御祓川沿いはきれいに整備されていて、景観は城下町らしい情緒にあふれている。駅から歩くこと15分ほどで七尾港の道の駅に到着する。

たまにはパノラマ写真も面白いので撮ってみた。まだ午前中だがつい荒井由実の「海を見ていた午後」が頭に流れる。昭和の男の性である。
ここから周辺の島々をめぐる遊覧船も出ているようだが、何しろこちらはただ汽車に乗ることしか関心のない馬鹿者なので潮風を感じるだけで駅まですぐにとんぼ返りである。
全く旅行風情も何もあったものではないが、そういう旅である。
七尾駅構内 切り欠きホームの「のと鉄道」乗り場側からJR側を見る
ということで目的地・和倉温泉駅まで一駅の移動である。七尾線の普通列車はすべて七尾でJRとのと鉄道で切り替わる。ということでここから1駅はのと鉄道のディーゼルカーで移動だ。
のと鉄道 NT200形車両
で、たかだか1駅乗るだけにもかかわらず、早速ここで一杯やらかす。

前述の「グランアグリ」と同じブルワリーで醸造している「金沢百万石ビール・コシヒカリエール」を七尾駅構内のセブンイレブンで手に入れた。「花嫁のれん」を意識した実に色鮮やかなデザインである。少々単価は高めだがこれはここでいただくしかないだろう。
駅舎としてはかなり立派な和倉温泉駅
駅構内で唯一華やかさを醸し出している本物(?)の「花嫁のれん」

さてそんな飲んだくれの旅もわずか5分で和倉温泉に到着して終了である。
「和倉温泉駅」と聞くとどんなに立派な観光地の駅かと思うが、実際に降り立ってみるといささか拍子抜けなほど閑散としている。駅舎こそ立派だが、今は飲食施設はおろか売店もコンビニもない。かつては最後までKIOSKの業態で営業していた売店があったようだが、近年撤退したとのことだ。とにかく列車から降りたら速攻で温泉街までバスかタクシーで移動しろ、ということなのか駅周辺で時間をつぶそうにも適当な商店がほとんど見当たらないのである。
駅前には数は少ないものの食堂が何軒かあるようだ
自分も素直に和倉温泉の温泉街まで行けばいいのだが、七尾で時間を少々費やしたので時間的に中途半端になってしまった上に温泉街まで行くバスはしばらく時間が空いている。
仕方がないので駅周辺を探訪することにして、あてもなく温泉街方向へ歩くことにした。
すると駅から歩いて5分ほどのところに何やら気になる看板を発見。

「イソライト 珪藻土記念館」とある。イソライトという聞きなれない冠が付いた「珪藻土記念館」とはなんじゃらほい?いささか興味を引き付けすぎるものがある。
早速調べてみると「イソライト」とは「イソライト工業株式会社」という耐火レンガなどのいわゆるセラミック工業製品を製造している大阪の大手企業であることが判明。何しろその会社が珪藻土を「記念」しているのだ。一体全体何を展示しているのか?これは見ない手はない。
広大なイソライト工業七尾事工場構内
この記念館はイソライト工業の七尾工場の敷地内にある。
ということで早速館内にお邪魔する。入場は無料だ。入口に小さな受付があり、年配の女性が一人で番をしておられた。平日の午前中に軽く一杯機嫌でやってきた不審な観光客にもかかわらず、節電のために消していた展示室の照明をつけて温かく迎えてくれた。平屋建てワンフロアのミニマムな建物だが思った以上に新しくきれいな展示室だ。館内には珪藻土の説明から、工業製品への応用例、イソライト工業の歴史がわかりやすく展示されている。興味深い展示にしばし時間を忘れて見入ってしまった。
能登半島をはじめとした国内の珪藻土産地についての解説
切り出して成型した状態の珪藻土 水を吹きかけるとあっという間に吸い込んでしまう
そもそも本題とは全く関係のない話だが一応ここで珪藻土とは?という話だけしておく。記念館の展示にあった説明によると、珪藻土は植物プランクトンの一種である珪藻の死骸が海や湖などの底に沈んで固まって化石になったものだそうだ。
珪藻土は小さな穴がたくさん開いているため軽量で水や空気を通すという特徴があり、その特性を生かして断熱レンガや土地改良材などに利用されている。
珪藻土を使ったピザ窯も展示してある
能登半島が古くから七輪の産地となったのも良質な珪藻土がとれたからだそうだ。ちなみに全国でもここ七尾市のほか愛知県の三河地方と香川県が3大産地だそうだ。

いやー勉強になったなぁ。ということでさらに歩みを進める。ほどなくイソライト工業の敷地が途切れたあたりで今度は小さな案内看板が目に留まった。

「第五十四代横綱 輪島大士 顕彰碑」とある。
石川県のスーパースターといえばなんといっても横綱輪島に決まっている。これは敬意を表して訪問せざるを得ないだろう。
顕彰碑は地元の中学校の敷地の一角に据えられていた。高さ3m以上はあろうかという碑はなかなかに横綱・輪島らしい迫力を感じさせる。角界引退後はいろいろとあった横綱だったが、金のまわしと「黄金の左」と呼ばれた豪快な相撲は昭和の相撲ファンには今も鮮烈な印象を残している。「稽古」のことを「練習」といってみたり、勝った相撲の直後のインタビューで神様に感謝したりと相当に破天荒な力士だったが、思えば古い考え方に基づく慣習や常識だと思われていた事柄を一つ一つ自分の考え方で打ち破ってきた革命児だったのだろう。没後も地元今もスーパースターであり続けている。

いやー、いい相撲だったなぁと輪島の相撲の思い出にひたって歩いていたら、同じ中学校の敷地に今度は「栃乃洋関」の顕彰碑という立派な石碑が現れた。
こちらは平成の力士なのでまだ記憶に新しいが、そういえば栃乃洋も七尾市の出身である。現在は年寄り・竹縄として後進の指導に当たっている。それにしても輪島と比較するといささか渋い。最高位が関脇というのも地味ではあるが輪島と同じく学生相撲からの出世力士である。文武両道という点も地元の誇りなのかもしれない。

それにしても地元の相撲愛はすごい。

さて全く本題と関係のない時間を潰したが、ここでちょうど時間となりました。
いそいそと和倉温泉駅へと戻ることにする。
一応肝心の列車の様子をご覧ください。。
というところであるが、どうでもいい話で時間を使ってしまったので本来の目的である「花嫁のれん」の話はまた次回に続く。                                   ###