2020年7月16日木曜日

【馬鹿列車自粛シリーズ①】通勤電車座席孝その2

通勤電車の座席について物申す「自粛シリーズ」の続きである。

前回は東京メトロ7000系をボロクソに批判したが、この緊急事態のおかげで現実社会においては、件の中途半端な座席幅のおかげで7人がけを5〜6人で使うという適度なソーシャルディスタンスに貢献しているのを見て、世の中何が功を奏するか、わからないものだ。
それはいいとして、では今回は近郊型車両の座席を見ていく。

【JR東日本 E233系3000番代】

<とりあえず座席概論>

ご存知JR東日本の新系列主力車両だが、今回ここで取り上げるのは近郊型の3000番代である。基本編成10連にはロングシート4両 とセミクロスシート4両に加え2階建のグリーン車2両という構成になっている。付属編成5両はロング3両に対してセミクロス2両と、フルの15両編成の場合ロングシートの比率は約47%、グリーン車を除いても約58%と意外にロングシート の比率が少ない。普段利用しているとロングシートばかりのような印象を受けるが、そこそこ長距離移動を意識した構成になっている。




ただそうなると必然的にラッシュ時の混雑が懸念材料になってくる。そういうこともあってなのか結局横須賀線に投入されるE235系から普通車は全車ロングシートになるということだが、それはそれでいささかどうなんだ?と思わざるを得ない。ましてやこのアフターコロナの時代にあって、今まで通りのぎゅう詰め状態のラッシュがこの先もつづくのかもわからない状況だ。できればこの先もう一考願いたいところだ。


<コロナのおかげで窓が開けられるように>

ところで上の写真を見てわかるように普通車の側窓は一段下降式になっているので当然ながら窓を開けることができる。ただこれまでもうここ何年も四季を通じて鉄道車両の窓を開けるという場面に遭遇したことがなかったように思う。最近の車両はエアコンでどの季節でも温度管理をしているので、春先だから窓開けて外気を取り入れる、などということはほとんどない。ましてや満員電車で窓を開けるなんてなことはまずあり得なかった。
だいたい窓を開けようとすると車内からでは座っていれば一旦立たねばならず、かといって立っている乗客は座っている客の頭の上に手を伸ばさなければならず、そう簡単に開けられないのだ。

それがこの「感染症対策」のおかげで、どの列車も窓開けが基本になってきたので開閉できる窓のありがたみを痛感するようになった。この写真の列車は緊急事態宣言解除後のまだ乗客が少ない状況なのでほとんど回送状態だったが、思い切り窓を開放すると実に心地よい風が入ってきて、感染症は怖いが乗車している環境そのものは快適だった。


ただ座席とは関係ないが、いざこのE233系の一段下降式の窓を開けようとするとちょっとコツがいる。見ての通り横幅がかなりあり、中央部分にうまく力をかけないとググッと動いてくれない。いざトライしてもなかなか開かないということにもなりかねず、ますます乗客が多い時は気兼ねだ。実際にはJRに限らずどの車両でも停車中にホーム上の駅員が外から開けるというパターンが多いようだ。


片持ち式のロングシート 部  少々シート間の距離が近いのでこの時代にはちょっと気になる

 <座席の快適さは優秀>

さて話を座席に戻すと、この車両はロングシートも一人当たりの幅が460mmとそれまでの一般的な通勤車両よりも余裕がある上、シートそのものもクッションも適度に反発力があり長時間乗っていても快適だ。一方のセミクロス部分も同じ素材なので座り心地はかなり良い。

ただ残念なことにクロスシート席の窓際には物を置けるスペースがなく、ちょっとした飲み物すら置く場所がない。これでは観光利用にはやや不便だ。そういう人はグリーン車に行ってね、ということなのだろう。

普段から乗り慣れている車両だが、結論から行くと通勤電車としては良くできた座席だとあらためて思う。
最近JR東日本のアプリでは、コロナ以降通勤時間帯の過密状況を避ける目的で各路線の混雑度が時間帯別で見られるようになったが、やはり東海道線の川崎・品川間は在宅勤務が増えたと言っても、いまだにぎゅうぎゅう詰めの時間帯があるようだ。


とはいっても、やはりこれからテレワークだ何だといっている時代に、オールロングシート車がを10両以上も連ねて数十キロもの距離を走るという時代はそろそろ見直してもいいような気がする。もうそういう超過密ラッシュの時代は転換期にあるのではないか。

 【JR東日本 205系600番台】

そうなるとこの車両などまさに時代にあっていないこと、この上ないのかもしれない。東京を追われ追われて宇都宮線の直流区間最北限まで追いやられた205系の残党だが、いくら通勤通学時間帯は利用者が多いとはいえ、さすがにオールロングシートはないんじゃないか?と思わざるをえなない。
京葉線時代の先頭車形状を残す600番代 黒磯駅にて
まあ元々が107系という3ドアながらオールロングシートという車両からの更新ということなので、そういう点だけ見ればサービス改善なのかもしれないが、これまたこの先「コロナで在宅時代」にここまでロングシート にこだわる必要があるのだろうか。

さらにこの写真にある東日本ローカル線ロングシート スタンダードの「シマシマ優先席」をみると、「こんなに優先席ばっかり必要なの??」と突っ込みたくなる。なにしろ4:3で優先席の方が名実ともに「幅をきかせて」いるのだが、こうなるとなんだか優先席とはなんであるか、基本に立ち返って「座席哲学」に耽りたくなってくる。
とにかくお年寄りが利用する機会が最も多そうな昼前後の日中の時間帯はガラガラなのである。どうみても「ロングシート」である必要性は感じない。

ところでこんな「お下がり車両」だが、この時代ならでは最新設備がついている。座席とは直接関係ないが、それが次の写真だ。

パッと見ただけではよくわからないが、室内灯の蛍光灯ブランケットの左端が何やらちょっと怪しいことになっている。さらに拡大したのが次の写真だ。



本来蛍光灯の取り付けプラグがある部分にこの黒い窓状の物体が挟まっている。じつはこれ防犯用の監視カメラだ。本来の蛍光灯のブランケットを延長してこの小型カメラを設置しているのである。電源は蛍光灯用の配線からとっているということなのだろう。同じようなタイプはE 233系などの普通車にも使われているそうだ。
宇都宮線をご利用の皆さん、ぜーんぶ撮られてますぞ。

そういう自分も「監視カメラを撮影している変なやつ」として一定期間、映像が残っていたはずだ。実はこのカメラ各ドア部分に設置されているので結構な広角で乗客は撮影されているのだ。いくら防犯という名目があるとはいえ、流石にここまでやるのであればもっと撮っている側が「皆さんの行動はきちんと全部把握しちゃってますよ〜」ぐらいの表示はしておくべきではないだろうか。いいかどうかは別として。。
ここまで撮られているといくら善良な市民でもなんだか気持ちが悪い。図らずも頭の中でポリスのEveryBreathYouTakeが流れてしまうのである。

てなことで今回はシートから話が脱線したが、こんな地方路線でも監視カメラをつけるぐらいならもうちょっと座席の方にも力を注いでほしいものである、というのが今回の結論だ。
                                      了


2020年6月28日日曜日

【シリーズ妄想馬鹿列車③】北海道新幹線「旭川開業」並行在来線計画 その1

「通勤電車の座席考」の途中だがまたここで途中下車である。
「新春初夢企画」で北海道新幹線の旭川延伸計画について勝手に妄想したが、自粛ばかりで妄想し放題だったので、急に並行在来線のことが心配になってきた。(大きなお世話というか、お節介な話であるが)
そこで今回はフル規格で札幌旭川間が新幹線開業した際の函館本線・札幌〜旭川間の並行在来線をどうするかを考えてみた。あわせて各駅から接続する在来線の存続についても考察する。


ではまず並行在来線区間からはじめよう。現在のスキームでは札幌から旭川までの在来線区間は基本的にJRから切り離されるはずなので、在来線を残すためには第3セクターとして経営を分離することになる。
問題は果たしてこの区間で3セク鉄道の経営が成り立つかという一点に尽きる。さっそく現状と沿線環境を考慮しながら今回も勝手に妄想していこう。

★函館本線 札幌〜岩見沢間★

711系が最後の活躍をしていた2014年夏の岩見沢駅で
札幌から約40kmに位置する岩見沢までは普通列車でおおむね40分ほどの所要時間で到達する。この岩見沢までは事実上札幌市の広域都市圏であり通勤通学客も多い。2018年にJR北海道が発表したこの区間の輸送密度は42926(人/キロ/日)だった。これは函館線札幌・小樽間とほぼ同じレベルだ。つまり小樽から岩見沢までが札幌の通勤都市圏ともいえる。特に途中の江別までは通勤時間帯は10分から15分間隔、日中でも1時間あたり4本の列車が札幌との間を結んでおり、完全な都市型路線として機能している。さらに通勤時間帯にはさらに札幌寄りの厚別折り返しの列車もあり、このぐらいの利用者がいれば相当な収入が見込めそうだ。

<この区間は切り離されるのか?>

ただこれでちょっと一安心、とはいかない。ここで新たな問題が生じる。この区間に関して言えばこのように一定の収入が見込めるので、岩見沢までは結局JR北海道による経営が継続する可能性が高いということになる。
札幌・岩見沢間を利用する人たちや沿線自治体にとっては朗報(と言えるのか?)だが、切り離される第3セクター鉄道側としては収入が見込める数少ない区間をJRにもって行かれる(もともと持ち主ですが。。)のはつらい。場合によっては札幌・江別間のみがJRでのこり江別以北が切り離されるということも考えられるが、いずれにしてもこれはかなりのピンチである。
2016年まで運行していた旭川〜新千歳空港直通の特急スーパーカムイ
新幹線開通後はUシートを組み込んだ岩見沢〜新千歳空港直通快速の運転復活もありか

★函館本線 岩見沢〜旭川間★

ということで結局並行在来線で切り離されるのはこの区間となる可能性が高い。財津一夫風に言えば「キビシ〜」のである。今回はこの最も厳しい想定で考察する。
で、その岩見沢〜旭川間の輸送密度は先ほどと同じ2018年度で見ると8237(人/キロ/日)だ。札幌・岩見沢間と比較すると1/4にも満たない。実際に運行系統は岩見沢でほぼ終日分離されている。それも現在の特急列車の利用者を含めてのこの数字だ。
いまでも特急だのみの超ローカル線といってもいい岩見沢以北の独立経営は前途多難だ。
そうはいってもそこは「馬鹿列車の妄想」である。現実はともかく、できる限り前向きに考えてみたい。

特急停車駅の砂川駅も今では夜間は無人となり、特急といえどもこの時間帯は特急の車掌が集札業務を行う

<ではどうにかならんのか?>

この実績では旅客輸送だけで経営を維持できるかといえば極めて厳しいところだが、ただ函館線はこの区間も含めて貨物列車が結構な本数走っている。2020年3月時点のダイヤを見てみると並行在来線となることが想定される区間では道東・富良野方面への貨物列車を含めて上下各8本程度が運転されている。逆に言えばそう簡単に廃止できない区間でもある。
収入的には限られているもののJR貨物からの一定の安定収入は見込めるはずだ。すでに第3セクター化された「道南いさりび鉄道」の輸送密度はわずか512だがそれでもどうにか運営をしていることをみれば、貨物列車が走っていればどうにかなる感じはする。ただし本数が違う上にこの先どうなるかこのコロナの時代、かなり不透明ではある。
とはいってもどうにかして在来線も維持するための方策を考えてみる。
春の江部乙付近を走る721系3連の普通列車 3セク後を想定すればいささか輸送力が過剰だ

<電化設備は放棄するしかない>

まず輸送容量が限られている中では電車で旅客列車を運転するのはいささか無理がある。少しでも運行コストを抑えるために、岩見沢・旭川間は電車での運転をあきらめるしかなかろう。そもそもすでにこの区間ではわずかではあるがディーゼルカーによるワンマン運転の普通列車が走っている。
何より特急が走らなくなるということは、多少普通列車の速度が今より遅くなっても優等列車への影響を気にする必要がなくなるので電車にこだわる必要もない。何よりこの程度の輸送量しかない普通列車だけのために電化設備を維持するのは経済的によろしくない。

架線火災事故が起きた嵐山トンネルに進入する旭川行きの特急カムイ
2015年12月に起きた架線火災ではトンネル全長の約半分が延焼し年末年始輸送に甚大な被害が出た
苦渋の選択だが電車を走らせるための設備(変電所や架線)を維持するだけでかなりの経費負担となる。撤去するのもそれなりに大変だが、2015年に発生した嵐山トンネルでの架線火災事故のように電化設備そのものがリスクになることもある。ただでさえ財源の厳しい北海道の鉄道にとっては鉄道施設はシンプルな程良いのだ。
また交流電車とディーゼルカーを比べれば初期投資は電車の方に軍配が上がるが長期的に見ればディーゼルカーの方が何かと経済的だ。その上全てディーゼルカーによる運行に切り替えれば単行運転も可能になり輸送容量に見合った効率的な運行が期待できる。電化したままだと単行運転のために両運転台の交流電車を用意しなければならず費用対効果から言ってもメリットがない。
その上、なんといっても幸い(というのも変だが)貨物列車はすでに全てディーゼル機関車だけで運行されている。接続する各道北・道東方面の路線ももちろん全て非電化区間なので運行上の問題はほとんどない。もし電化していた並行在来線区間の全ての電化車両による運転を廃止すれば並行在来線区間では初めてのケースとなる。
旭川駅東側の高架線をゆくDF200が牽引する高速貨物列車

<どの程度のダイヤにするか>

これで岩見沢・旭川間は区間列車の設定にもよるが、基本的にディーゼルカーによる終日1時間に1本程度、通勤通学時間帯は最大3本程度の運行を確保したい。
とここまでぶち上げると、いくら「馬鹿列車案」とはいえいささか便数が多すぎるように感じるかもしれないが、新幹線接続列車として軽量ディーゼル車両を単行もしくは2両編成でワンマン運転すれば、現在の電車3連の運行からはかなりコストダウンできるだろう。フリークエント輸送で需要を掘り起こす方が得策だ。
このぐらいの本数ならもう一段ハードルを上げて、旭川〜滝川間を単線にしてしまうという荒技もありそうだが、超大編成の貨物列車が走ることもあり、ここではとりあえず複線は維持することにしておく。それよりは伊納駅など今でもほとんど利用者がいない駅は廃止する方が先だろう。
2020年時点で旭川・札幌間の特急は「オホーツク」「宗谷」を含めてほぼ終日にわたって1時間に1〜2本が走る
なお旭川新幹線の運行本数は現状のカムイ・ライラックと同数の1時間当たり1本という想定である。
新幹線の新駅が在来線から離れた場所に設置される予定にした深川市周辺の輸送力確保は重要な役割になるだろう。旭川・深川間、深川・滝川間の区間列車を新幹線接続列車として現状よりある程度増発したい。
とはいえ全て机上の空論である。果たして鉄道利用者がそんなにいるのかはやってみないとわからない。どこまで走っても乗客が乗ってくれない列車の心境はまさにジャクソン・ブラウンのRunningOnEmptyだが、そこはお遊びである。ご容赦ください。
真冬の滝川駅に到着するスーパーカムイ(2017年冬)
まだ19時台だというのにホームには全く人影がない 鉄道利用者をどう繋ぎ止めるか
とにもかくにも結論から言えば、少なくとも現在建設中の新函館北斗・札幌間の並行在来線区間よりははるかに人口の多い都市を結んでおり、山岳区間もないので軌道管理も楽だ。新幹線と線路がほとんど並行しているのもある意味で利点だ。接続列車をうまく組み合わせれば、鉄道利用による沿線の活性化にも望みがつなげるだろう。その点で「旭川新幹線」の並行在来線はまだ経営的に望みがある。あとは新幹線効果をどれだけ掘り起こせるかだ。
では次回はこの区間の具体的な空想ダイヤ(言葉が少々矛盾しているが)と道北・道東方面に向かう在来線をどうするかについて妄想してみよう。

2020年5月6日水曜日

【馬鹿列車自粛シリーズ①】鉄道座席考その1

世の中コロナ感染騒動一色でとてもではないが「鉄道馬鹿旅」などできる状況ではないのでこのところなかなか取材(?)もままならない。そもそも鉄道の馬鹿旅など「不要不急」の際たるものである。そこで今回はいわゆる「有りもの」の資料だけで記事にすることにしてみた。
ありもの画像その①初代「馬鹿列車タイトル画像」
特に意味なし。東横線を走る懐かしの9000系
そこでまずは「鉄道の座席に座り方」について考えてみる。
毎年日本民鉄協会が調査している通勤電車のマナーについて、ちょっと前に最新の調査結果が公表された。2019年度の「駅と電車の迷惑行為」でワースト1に輝いた(?)のは「座席の座り方」だった。実はこの「座席の座り方」が1位になったのは10年ぶりだそうだ。昨年は「荷物の持ち方」で一昨年までは9年連続で「車内での騒々しい会話・はしゃぎ回り」だったとのことだ。ちなみに「車内の騒々しい会話」などこの後も続くであろう「コロナの時代」にはもってのほかであろう。
個々の迷惑行為についてはここではおいておくとして、再び迷惑行為として再認識されることになった座席の座り方を、実際の車両のシートごとに問題点を検証してみよう。なおここで問題にするのはロングシート を中心とした通勤電車についてだ。
ではいってみよう。(ドリフ調)

<「定員着座」ほぼ不可能〜昭和生まれの問題児・東京メトロ7000系の場合>

座り方の問題のうち、よくあるのが隣同士の間隔を開けてしまうことで発生する着座定員の減少だ。その多くはロングシート の一人当たりの占有幅の設定と分かりやすさに起因している。その点で車歴40年近い7000系は問題点の宝庫だ。
有りもの画像 その②
副都心線との乗り入れを前に、東横線旧渋谷駅に顔を出した7000系 
正直言ってこのデビューから車歴40年近い車両がまだ大東京の中心で活躍しているというのは驚きだ。はしばしに昭和の香りがする車両だが、そういったノスタルジーに浸るにはいささか座席の構造には問題がある。まず現役バリバリで副都心線系統で活躍している7000系第1次車のシートを見てみよう。
最も問題の多い7000系の7人がけ座席 すでに背もたれには6人分の「跡」がある 
座面は中央で分割されているが、背もたれ側のシートは分割されていない
この車両の車端部以外のドア間にあるロングシートの定員は7名だ。だが見ての通り、シートが横幅の中心で分割されているため、本来中央に座るべき乗客がこの隙間を嫌ってしまうので、どう頑張っても次の写真のような座り方になってしまう。

両端から席が埋まり、3人目がこのように座ると・・・
次の乗客はこのように座るので結果的に事実上6人しか座れなくなるという仕組み
つまりこの構造では7名の定員着席はどうやってもほぼ不可能だ。こうなるといくら乗客一人一人のモラルを問うたところで物理的に問題があるのだからきちんと座ることはできない。このシートの構造では必然的にスムーズに着座しようとするとこのシートでは6人がけになってしまう。普段7000系を利用する機会がある方はよくお分かりだと思うが、7000系にはこのほかシートが3・4人幅に分割してあり、定員着座を促す目的で着座位置をストライプでデザインしたものもある。

しかしこの工夫もほぼ功を奏していない。なぜならそもそもの長手方向の長さが7人がけとしては一人当たりの幅が足りていないのである。7000系の場合一人当たりのシート幅は430mmだが同じ路線を走る東京メトロ10000系は460mm、東急5000系系列は450mmとゆとりを持たせている。これらの車両は1人分の幅で座面に凹凸をつけてある上、スタンションポールによって3・4人、または2・3・2人の区切りをわかりやすくしていることもあり、終日ほぼ間違いなく定員着座が実現している。
こちらは東急5000系と同じ設計の横浜高速鉄道Y500系のロングシート
緩やかな凹凸とスタンションポールがミソ
おなじ東京メトロの車両で比べた場合、その差は実寸ではたかが3cm、7人分で21cmだがこの微妙な差がゆとりを生み出すか否かを決定づけている。7000系はこの中途半端なシート幅のおかげで8両編成で単純計算すると本来座れるはずの48人もの乗客が立たされていることになる。実際、10000系や東急5000系であればほぼ間違いなく7人がけができるのだからこの差は大問題だ。40年の間にそれほど日本人がデカくなったわけでは無いだろう(もしかしたらなっているのか?)から、この辺りは設計思想の変化なのだろう。とにかく昭和生まれの働き者7000系は旅客サービスの面では問題児である。

ということで、このところ在宅勤務のおかげであまりこのシート問題に煩わされることもない状況だが、当面はこの「座席シリーズ」で茶を濁すことにする。おかげさまで「ステイホーム」とやらで時間はたっぷりあるので、このあとはライ・クーダーのAcross the borderlineでも聴きながら記事の更新を続けるとするか。。。(続く)

2020年2月17日月曜日

【途中下車】全国地方百貨店探訪①・富山「大和」編

先日山形県内で唯一残っていた百貨店「大沼」の突然の閉店が伝えられた。世間は「新型肺炎」一色でこのような地方百貨店の閉店が大きく伝えられる事はなかったが、今の地方経済のありようがこういうニュースにはっきりと表れている。そこで今回はちょっと鉄道から離れて地方都市の現状を垣間見てみたい。何という上から目線、と思われると思うが、所詮「鉄道馬鹿」の戯言だ。そんなたいそうな話ではない。
以前「馬鹿列車旅」の目的の一つは地方の百貨店探訪だというようなことを書いたことがあったが、今回は番外編でその筋の話を紹介したいと思う。要するに途中下車した際に訪問した各地の地方百貨店の探訪記である。
地域1番店らしい堂々とした威容を誇る「富山大和」
ということで今回取り上げるのは金沢市に本社を構える北陸の地元老舗百貨店「大和(だいわ)」である。百貨店としての創業は大正12年ということだが、前身となる洋品店の開業はさらに明治期までさかのぼる。現在は金沢市と富山市に大型店舗を2店舗展開している。かつては福井・新潟のほか戦前には朝鮮半島にも店舗を展開していたそうだ。福井の店舗は1948年の福井地震によってほぼ倒壊したため早々と閉店したが、その後2010年までは新潟県内でも3店舗で営業を続けていた。余談だが福井店の解体の様子は今でもNHKアーカイブスのホームページから動画で見ることができる。
現在はサテライト店舗を除くとこの2店舗のみ百貨店としての営業を続けている。今回訪ねたのは金沢市の本店ではなく富山市中心部に店舗を構える「大和富山店」だ。
総曲輪のアーケードに面した大和富山店の入り口
「大和富山店」は富山市の中心部、総曲輪通りのアーケードに面した場所にある。もともとは 西町という現在の店舗よりやや南東側の場所にあった先代の店舗を、総曲輪地区の再開発に合わせて移転新築したのが今の富山店だ。したがって完成してまだ築10年ちょっとの新しい建物ということになる。現在富山市に残る唯一の百貨店だ。

以前の店舗は1934年に今の大和の前身にあたる宮市大丸富山店として開業した建物で、東京の伊勢丹をモデルにしたという地方の百貨店としては大変豪華な建物だったそうだ。その当時の偉容はWikipediaなどで見ることができるが、これほどの歴史的にも価値のありそうな建物が2007年に閉店するまで使われていたというのだから驚きだ。解体はもったいない事この上ないが、これも時代の趨勢である。
まずはその新装なった富山店の店内を巡ってみた。なんと店舗中央は1階から4階までが吹き抜け構造になっていて、この部分にエスカレーターが設置されている。いわゆる銀座松屋が東洋一のスケールと誇っていた「空中エスカレーター」というヤツである。地方百貨店としては相当なスケールに圧倒された。余談だが件の「旧大和」跡地には再開発で新しく「TOYAMAきらり」という複合施設が建てられたが、こちらも隈研吾氏のデザインによる大きな吹き抜け空間があるようだ。
休日の店内の賑わいはさすが富山唯一のデパートということもあり、そこそこで活気がある。昨今苦戦を強いられている衣料品のフロアにも思っていた以上に買い物客の姿があった。

さてやはりデパートといえばデパ地下を見ないとその店の基本が抑えられない(本当?)ということでさっそく地下の食料品売り場を見に行った。結構な賑わいの食料品売り場のちょっと奥に行ってみたところ、、、

これまたびっくり!昔懐かしい回転台に乗せられたお菓子の量り売りコーナがあるではないか!自分も子どもの頃はよく親にせがんで買ってもらったものだ。まだ設備もそれほど古くはないないようだ。昭和の子どもにとっては夢のような売り場だったが、ここではまだ現役バリバリで稼働している。
この売り場、Wikipedia情報によると、どうも正式には「ラウンド菓子」というらしい。実は設備と菓子は名古屋の菓子問屋「松風屋」が提供しているもので、この回転台を含めた松風屋の売り場一帯を「スイートプラザ」と呼んでいるそうだ。つまり昔から一社で商品と設備を提供していたものなのだ。今や東京近郊ではまず見る事はないが、そういえば今は無き「旭川西武」の地下にも3年前の閉店まで設置されていたのを見たことがあるので、地方の百貨店にはまだまだ残っているのだろう。
さらにネットで調べてみると2019年6月の「週刊女性Prime」のサイトに、「全国では西日本を中心にまだ42店舗で展開している」との記事があった。意外にもまだ結構な台数が稼働しているようだ。レトロファンを含めて特に西日本を中心にまだ今でも需要があるのだろう。
いずれにしても「大和富山店」は地方百貨店としては大健闘しているようだ。
ラウンド菓子を見てもうすっかり満足してしまったので、大和を出て総曲輪通りの商店街を歩いてみた。すると大和の賑わいに比べて残念ながら著しく人通りが少ない。実際にすでにシャッターを下ろしている店舗も数軒見かけるところを見ると、やはり地方都市の商店街の現状が現れているようだった。ただし大和富山店のある再開発地区は富山地鉄の市内を循環する富山都心線ができたこともあってか大変な賑わいを見せている。
グランドプラザ前停留所を出発した都心線の9000系セントラム
後方に見えているストライプ状のデザインのビルが元大和富山店の跡地に建った「TOYAMAきらり」
実は大和富山店は「総曲輪フェリオ」という再開発によって整備された大型商業施設の一部として営業している。「総曲輪フェリオ」に隣接する総曲輪のシンボルゾーンである「グランドプラザ」は開放感のあるアトリウムとなっており、様々なイベントに利用されている。訪問した日はちょうど古書市が開かれていた。古書と並んで中古CDも販売されていたので、ちょっと冷やかしてみたところちょうど探していた山下達郎の「Cozy」を発掘!なんという偶然、ラッキーにも1500円でゲットしてしまった。こりゃ金沢まで戻って「しらさぎ」に乗りながら「ヘロン」を聴きたくなってしまうではないか。。
総曲輪フェリオの中心、グランドプラザの賑わい
それはいいとして富山市は旧富山港線を路面電車規格にすることによって、交通システムの近代化と地域の活性化に成功した先進都市として有名だが、その後も市内を循環する路線を開通させることで市内中心部の再生に効果を発揮していることがよくわかった。少なからず大和富山店も路面電車との連携によって中心市街地の集客に一役買っている。その上、市内線は富山駅の直下にホームを設置したことで、雨でも雪でも濡れずにJR線から乗り換えができるようになっている。現在は駅北側から発車している富山ライトレールとの接続工事も進んでおり、ますます路面電車の利便性がアップするだろう。総曲輪のアーケード街ももう一花咲かせてほしいものだ。
市内線の富山駅前停留所
ということで今回は地方百貨店と路面電車という昭和のシステムにまだまだ、というより大きな希望を持たせてもらった。いやー、たいしたもんだな富山。ということで中心市街地活性化に一役買うべく、総曲輪商店街のSHOGUN BURGERで和牛バーガーとクラフトビールで富山市訪問を締めくくったのであった。
    
本格バーガーでボリューム満点である
ポテトもたっぷりビールが進む 

                                 (了)

2020年1月11日土曜日

【シリーズ妄想馬鹿列車②】新春初夢企画・北海道新幹線旭川延伸計画<その2>

北海道新幹線札幌開業まであと10年(実際には11年?)となった2020年の年明けを祝い、一気に新幹線を旭川まで延伸してしまおうという初夢企画の続きである。前回はフル規格で建設してみたが、今回は山形・秋田新幹線と同じ「新在直通方式」、いわゆるミニ新幹線方式で計画を進めてみよう。

<②ミニ新幹線方式で建設した場合>

冒頭からなんだが、そもそも「ミニ新幹線」とはどういうネーミングなんだろう?普通の新幹線車輌よりひと回り小さいからといって「ミニ」はないだろう。秋田新幹線の主役、E6系をみても、
TOKYO2020仕様のE6系
こんな鼻面の長いバカでかい車両のどこがミニなのか?と思わざるを得ない。その上新幹線としての性能を持った車両を強引に在来線でも走らせるようにするというのは、いささか経済的にはどうなのか?と思う。フェラーリが上高地の手前にあった「旧釜トンネル」を通過しようとしているようなもんじゃなかろうか?
話が脱線しまくりだ。

<この区間にミニ新幹線の意味はあるのか?>

まあそれはいいとして、それでは札幌・旭川間を新幹線規格の標準軌に改軌した場合を考えよう。
この場合、改軌しても線路の規格は在来線なので現状では最高速度は130kmに抑えられてしまう。これではせっかく膨大な投資をしても速達効果はほとんど見込めない。今だって最高速度は120kmなので10km程度早くしてもほとんど意味がない。そもそも最高速度130kmはかつての「スーパーホワイトアロー」でもう30年も前にすでに実現している。
現在の主力789系でもやろうと思えば130km運転は可能
その上、函館線の札幌・旭川間は高速貨物列車だけでなく根室線・石北線からの貨物列車が結構な本数で運転されている。これでは複線の一方のみを改軌することもできない。そもそも肝心の新在直通の新幹線の本数を考えても単線での運行は非現実的だ。苦肉の策として青函トンネルと同じ3線軌道にしようとすると、今度は冬季の積雪を考えれば絶対に不可能だ。こうなると予算以前の問題として、実現不可能ではないか。
北海道新幹線の3線軌道区間 冬の軌道管理は大変そう
ということでここでの結論は「ミニ新幹線」では絶対に無理。ということだ。ちゃんちゃん。
いやいや、それでは天下の「馬鹿鉄道」の名が廃る。ここは大胆な計画に方針を変えてみよう。それが今回最大のテーマである次の案だ。

<道内幹線鉄道標準軌改軌計画>

我ながらはっきり言ってもう無茶苦茶である。漢字も多すぎて中国語みたいだが、ただこの方法は意外にイケているのである。何をしようとしているかというと、旭川へのミニ新幹線整備にあわせて函館線をはじめ千歳線・室蘭線、さらには石勝線など貨物列車や在来線特急が走る路線を全て新幹線と同じ標準機にしてしまおうという案である。つまり新幹線と言うよりも、貨物列車ファーストの案だ。

この場合、貨物列車が走らない完全なローカル線、閑散路線は狭軌で残るが、ほとんどの路線は今でも拠点駅での乗り換えになっている。各線への影響は最低限で済む。ただしこう言う案が出ると、改軌しない路線は廃止問題がまた出てきてしまうかもしれないのがネックだ。
その問題を考えてもこうしてしまえば、全道の鉄道の高速化も図れる上に、北海道新幹線最大のボトルネックである青函トンネルもめでたく完全標準軌にしてしまえばいいので、新幹線ももう少々高速化が図れるだろう。その上、幹線が全て標準軌になれば新千歳空港や小樽、帯広、釧路までも「ミニ新幹線規格」(一部は気動車)の車両が直通するのだ。こうなるともう「旭川延伸」でも何でもなくなる。道央から道北を全て新幹線化する計画だ。いやー、よかったよかった。

といったところでそろそろ「おいおい、じゃあ貨物列車はどうするんだよ?」というお怒りの大合唱が聞こえてきそうだが、ここからが「馬鹿鉄道」の本領発揮である。
道内向けの列車に運用されるコンテナ車を「フリーゲージ」貨車にしてしまうというのはどうか?
コキ100系をフリーゲージ化したらどうか?
これまた「フリーゲージトレインは頓挫したでしょ?」という声がしそうだが、それは高速電車での話だ。動力のない貨車であれば構造的にははるかにハードルは低い。だいたい欧州で軌間可変台車が実用化されているのは主に動力車ではなくほとんどが客車(トレーラー)に採用されているからだ。
JR貨物のエースDF200が高速貨物列車を従えて旭川駅の高架を進む
現在最も速い貨車による貨物列車である「高速貨物列車A」でも最高速度は110kmだ。本州・北海道間の高速貨物列車の本州内の速度にもよるが、いずれにしても200kmを超えて走る動力台車に比べれば、重量物を運ぶ貨物車としての強度さえあればどうにかなりそうな気がする。それも貨物列車なら改軌作業にかかる時間的なロスもあまり問題にならないだろう。

函館線の赤井川駅を結構なスピードで通過するDF200が牽引する貨物列車

<では本当に道内を全部標準軌化できるか??>

さてここからが本題だが、そういう全道的な工事を山形新幹線や秋田新幹線のように短期間で実現できるのだろうか?この改軌工事を全道でやろうとすれば相当無理をして工期を短くしても3年から5年はかかるだろう。その間はおそらく鉄道輸送がほぼ止まってしまうのだ。結論から言えば、自分で言い出したにもかかわらずこれは全く非現実的と言わざるを得ない。計画予算的に見ても。どう考えても札幌・旭川間をフル規格で建設したほうが事業費も工事にかかる手間も圧倒的に抑えられるだろう。


<くだらない結論>

結論。旭川延伸はどうやってもフル規格でないと実現不可能ではないだろうか?

であれば、ぜひご検討いただきたい。何だ、それだけの話かと思うなかれ。地方創生がどうのこうのと言われているこの時代にあって、この程度の非現実的な構想があってもいのではないか?ただ、貨物列車のフリーゲージ化はぜひ現実論としてご検討いただけるとありがたいが。。

ということで新春一発目の最後の一曲はSWING OUT SISTERの"We Could Make It Happen"でスタートだ。

(了)

2020年1月6日月曜日

【シリーズ妄想馬鹿列車②】新春初夢企画・北海道新幹線旭川延伸計画<その1>

オリンピックイヤーの2020年となり、北海道新幹線の札幌開業までついにあと10年となった。一応、ではある。現在新函館北斗まで開業している北海道新幹線だが、やはり東京以北では最大の都市、札幌までつながらないことには話にならないと言っても過言ではない。1日も早い新函館北斗・札幌間の開業が待たれる。
特に札幌市は2020東京五輪でのマラソン会場となったことで、2030年の冬季五輪開催も現実味を帯びてきた。そうなると2030年よりも前倒しの開業も期待されるところだが、今回の「妄想」はこの札幌開業がテーマではない。今回は北海道新幹線の本当の目的地である旭川までの新幹線の可能性を妄想してみたい。
JR北海道の「虎の子」H5系

<北海道新幹線は青森・旭川間をむすぶ計画だった(である)>

もう今となっては道民でもどのくらいの人たちが覚えているのかわからないが、元々計画上の北海道新幹線は青森市から旭川市に至る路線ということになっている。ところがもう今では北海道庁のホームページ上でも「北海道新幹線は東北新幹線の新青森から札幌まで約360kmに及ぶ路線です」というように紹介されている。
参考リンクhttp://www.pref.hokkaido.lg.jp/ss/skt/

もちろんこれはあくまで整備新幹線として認可され、現在建設が進む新函館北斗・札幌間を北海道新幹線の残りの区間としているからだ。この区間の工事認可は2012年におり着工、今に至っている。結果的に事実上これが北海道新幹線の最終目的のようになっているからであるが、それでも北海道新幹線の基本計画は1973年に決定されている札幌・旭川間を含めた区間であることは今でも変わっていない。
ということでもし北海道新幹線が整備計画通り旭川まで延伸する場合、どういったことが考えられるのか、それが今回のテーマだ。
これまた我ながら大袈裟だが、札幌・旭川間はあくまで「計画路線」なので、どこに線路を通すか、駅をどこに置くかなどは全く白紙状態だ。したがってこれからの話は「全く自由に鉄道を建設する」というただのお遊びである。
旭川市の中心市街地
 ところどころ空き地が目立つがオフィスビルが立ち並ぶ様はまさに中核都市

<そもそも旭川市ってどんな街?>

ではまず旭川市とはどういう街なのか?という話から始めよう。札幌市から直線距離で約120km北に位置する旭川市は人口約33.4万人、人口の規模だけで見ると県庁所在地である前橋市とほぼ同じ、奈良市や長野市など(36〜7万人)より1割程度小さい感じだ。これを東北以北の北日本というくくりで見れば、札幌(約195万人)、仙台(約108万人)、いわき市(約34万人)に次いで4番目の都市ということになる。(近年いわき市に抜かれるまでは3位だった)2番目と3番目の差があまりに大きいのは致し方ないが、北海道だけでいえばダントツ2位の大都市である。
近代日本人 にとっての旭川の歴史は、事実上北海道開拓時に道北・道東への進出拠点として屯田兵が入植したことにはじまる。その後陸軍第7師団が駐屯する軍都として軍事的な重要度から政治・経済・文化の拠点として発展してきた。今でこそ札幌に大きく水を開けられているが、今も昔も北海道の発展を支えている北海道第2の重要都市である。
最近は隣接する東川町や東神楽町、鷹栖町、美瑛町などへ道内だけでなく東京や大阪など本州の大都市から移住してくる人たちが増えてきており、旭川市としては人口減少傾向にあるものの、事実上38万人規模の旭川都市圏を形成している。
美瑛町の名を世界的に広めたと言ってもいい「青い池」 
冬の旭川駅前 毎年2月に氷の彫刻の世界大会が開催され街を彩る

<将来の「北海道新幹線」のターミナル、旭川駅を見てみよう>

さて、まずこの旭川まで新幹線を通す意味があるのかどうかでいえば、多く見積もっても約40万人規模の都市を新幹線で結ぶ投資効果は限られているように思えるが、ここではそうした当たり前の現実を全て楽天的に解釈して計画を進めることにする。
まずは現在の旭川駅を見てみる。

現在の旭川駅 
高架化する際に南側にあった操車場を廃止し、本線が南寄りに移動したことによって広大な駅前広場が誕生した

現在の旭川駅は2011年に全面開業したまだ真新しいものだ。この改装によって駅は全面高架化され、1つ札幌寄りの函館線近文駅からこれまた1つ名寄よりの宗谷線旭川四条駅の北約1km先まで高架線になっている。高架化によって旭川運転所が石北線の分岐点である新旭川の先、JR貨物・北旭川駅の旧貨物ヤード跡に移転したため、ここまでが複線電化区間となっている。
まだ積雪が残る早春の旭川駅前広場 
バスターミナル(左側)とタクシー乗り場(中央)、自家用車駐車場(手前の2階建ての建物)が整然と並ぶ
駅舎だけ見ると、空港ターミナルビルか最近できた新幹線の駅のような威容に圧倒される。4面7線の配置となったホームからは函館線岩見沢方面の普通列車に加え、札幌行きの特急がほぼ終日にわたって約30分おきに運転されるほか、名寄・稚内方面の宗谷線と北見・網走方面の石北線、北海道を代表する美瑛・富良野を結ぶ富良野線の列車が発着する。また一部の列車は深川から留萌線の留萌へ直通する。
なお2017年からは特急「宗谷」1往復「オホーツク」2往復が道北・道東方面と札幌方面へ直通する以外、すべての定期列車は旭川を起終点としており、名実ともに道北の拠点ターミナル駅として機能している。
主に札幌方面の特急が発着する3・4番ホーム  ホームは線路も含めて全て屋根に覆われている
プラットホームやコンコースを見ていると、今すぐにでも新幹線に乗れそうな気分になる。駅にはイオンモールとJR直営のホテルが直結しており、北海道でも飛び抜けて近代的、というより未来的なデザインで構成されている。
改札口につながるコンコースには何だかよくわからないが芸術的なアートが並ぶ

駅に直結したイオンも2015年に開業した
駅周辺は高架化によって再開発が進んでおり、前述のようにイオンモールやホテルをはじめとした商業施設や公共施設、マンション建設が進められているが、思ったように計画は進んでいないようだ。建造物などのハード面から見えるほど地方都市の問題は簡単ではない。ならば、なおさら新幹線への期待が高まってもいいような気がする。

 となると、これだけの都市規模を見ていると「新幹線を迎えようと思えば簡単なんじゃね?」

とつい軽々しく思ってしまう。
何より駅周辺に限らず、少なくとも旭川駅周辺の環境を見れば新幹線用地の確保は札幌ほど難しくなさそうだ。
では次からは本論である新幹線をどの方式でここまでつなげるか、つまり「フル規格」か「新在直通」かについて考える。
旭川駅南側を流れる忠別川側から駅を眺める 

<①フル規格で建設した場合>

Ⅰ.建設費は意外に安い?

どこで新幹線を建設する場合でも、「そりゃやっぱりフル規格でなきゃねぇ」と考えるのは当たり前だが、その莫大な建設費を投入するだけの価値があるかどうかはなかなか難しいところだ。それでも札幌・旭川間だけに限って言えば、かなりコスト的には安くなるのではないか?もちろん冬季の積雪対策を考えるとそれなりの設備投資は必要だが、現在の函館線が走るこの区間を見ると山岳地帯は旭川に入る手前にある神居古潭周辺ぐらいしかなく、ほとんどの区間は建造物の少ない農地が広がる平坦な地形の中を走る。したがってフル規格で建設しても長大トンネルをいくつも掘る必要はなく、北陸新幹線のように一部区間は地平でも良さそうだ。線路を通す場所を選べば高架を少なくできる上に、大きな鉄橋も石狩川を越えなければほとんど必要ない。さらに札幌周辺以外はほとんど市街地化された地域を通らない。その札幌地区で最も住宅が密集している札幌から厚別あたりでも、元々3複線区間がある上に苗穂や白石など車両基地や貨物ヤードが広がっているので、現在建設中の札幌駅西側よりははるかに新幹線用地は捻出しやすそうだ。
その点で新函館北斗・札幌間に比べて建設費はかなり抑えられるのではないか。

Ⅱ.早速線路を建設してみよう

ではコストも抑えつつ効果的かつ最も利便性の良い予定地はどこだろうか?
こうなったら早速旭川を起点に札幌まで新幹線のルートを決めてみよう。
現在の函館線は旭川駅を出たところでやや進路を北西方向にとって石狩川を渡るが、新幹線はそのまま直線的にほぼ西方向に進路をとって忠別川と美瑛川の合流点の先で美瑛川の本流を越えるのが妥当だろう。
あとは現在の国道12号線に沿う形で石狩川の左岸側を進む。実はこの辺りまでがかなりの住宅地なので土地収用には地元の理解がないと難しいところだろう。
神居古潭の山岳地は旭川市の高砂台付近からこの区間唯一の長大トンネル(延長12km程度)の「新神居古潭トンネル」(勝手な仮称)で深川市まで直線的に抜けると現在線よりかなりの距離短縮になる。
この先は道央道に沿うように一路滝川市を目指す。
旭川駅を札幌に向けて出発した特急「カムイ」
計画(?)ではこの画面左で手前を流れる忠別川を越えて神居古潭の石狩川左岸側を長大トンネルでぬける


ただしこのルートだと残念ながら現在の深川駅に新幹線の駅を作ることはできない。このままだと旭川の次は「滝川駅」ということになる。深川市周辺自治体の猛反対を受けそうだが、現在の深川駅のある深川市中心部に向かうためには北方向へ大きく迂回しなければならない上に、札幌に向かうには石狩川を2回渡ることになる。加えて深川駅と滝川駅を比べた場合、根室線の分岐駅である滝川に新幹線の駅を併設する方が富良野方面への利便性を考えても投資効果がある。
根室線の富良野付近を走る季節特急「ラベンダーエクスプレス」
滝川から根室本線を経由して札幌と富良野を結んでいる 
新幹線ができれば滝川・富良野間の観光列車が走るかもしれない
おまけに滝川市のすぐとなりは砂川市という比較的人口の多い街もあり新幹線効果がより期待できる。
ということで深川市にも新幹線の駅を設置するために、在来線から独立した「新深川」駅を道央道の深川インターチェンジ付近に作ることにしよう。(我ながらやりたい放題だ。)実際現状でも留萌線を廃止しようとしているのだから(賛成はできないが。)、高速道路網との連携ができる場所の方が新幹線の効果が得られるのではないか?
ということでもしこの位置に「新深川駅」を設けた場合、「旭川・新深川」間で約24km、「新深川・滝川」間が約21kmとなりそうだ。中間駅としては妥当ではないか?
滝川・江部乙間の菜の花畑を走る特急「ライラック 」
 新幹線はこの線路の反対(西)側に沿って建設する(妄想です)
さて滝川を出た新幹線は現在の在来線を超えて今度は函館線の西側に沿って一気に岩見沢方向へ進む。ということで新幹線「滝川駅」の次は「岩見沢」でどうだろうか。
ここでまた問題になるのは現在の特急停車駅である美唄駅の扱いだ。今の計画では美唄にも新幹線駅を併設することは可能だが、果たしてどの程度の需要が見込めるかだ。
あ、そういえばここでは「楽天的に」考える前提だったな。。
では「美唄」も止まることにするか。。。旭川・美唄間は約71kmだ。

さて「美唄」駅を出て引き続き岩見沢まで在来線の西側を進む。この区間全体を通して西側のほうが住宅など市街地が少なく、岩見沢駅も西側のほうが鉄道用地が広いので新幹線用地を確保しやすそうだ。
岩見沢駅西側に広がる「レールセンター」周辺の鉄道用地
現在の岩見沢駅の西にあり、在来線とセンターの間には広大な空き地が広がる

鉄道遺産でもある岩見沢のレールセンターの煉瓦造りの建屋
これも新幹線が開通した暁には観光資源となるのでは?


さて岩見沢の次は目的地札幌まで一気に進むが、この区間も基本的には在来線に並行して建設するが、石狩川が近づいてくる江別駅のあたりで空き地に余裕がなくなるので、今度は東側に転線する。ただし現在の森林公園駅あたりからはかなり住宅密集地に入ってくるので、この地区が最も用地確保に難儀しそうだ。場合によってはこの辺から白石付近まで地下線で札幌に向かうことも考えられる。
ただ厚別駅の先で千歳線と合流したあたりから札幌駅までは鉄道施設が連続しているので
この区間は在来線の配線見直しで乗り切ってしまえばいいのではないか。
札幌駅の東側、苗穂・白石方向を見る
画面ではわかりづらいがマンションの裏側を特急「カムイ」が旭川を目指して走っている 
新幹線はこの手前側に用地を確保できないか?
東京以北では最大の都市、札幌は新幹線を待っている
ということでめでたく札幌駅到着だ。このルートをyahoo地図でシミュレーションしてみたところ、建設延長は約127kmとなった。在来線と比べると神居古潭と深川市をバイパスしているだけなので、在来線ルートよりも10km程度の短縮にとどまる。それでも整備新幹線規格の最高速度時速260km、ノンストップで走れば札幌・旭川間は最速30分台で結ばれることになるだろう。もはや旭川は札幌の通勤圏内だ。中間の深川・滝川・砂川・美唄・岩見沢の各都市も札幌を中心とする北海道の巨大都市圏の一角として機能することも夢ではない。
ここまでくればH5系のロゴも正々堂々と北海道を自慢できるか?

Ⅲ.ところでどのぐらいの事業費が必要?

めでたし、めでたし。これで北海道も安泰だが、世の中そんなに甘くない。
ここからは総事業費を素人のいい加減さで見積もってみよう。国の試算によると現在建設中の新函館北斗・札幌間211kmの総事業費は1兆6700億円、1kmあたりに換算すると約79億円だ。これを基準に建設費を考えよう。
ただこの区間は総延長211kmのうち約147kmはトンネル区間だ。その上10kmをこえるトンネルが7本、そのうち渡島トンネルは32km、札幌市街地を一部地下線で抜ける札樽トンネルも26kmという全国トップクラスの長大トンネルを含んでいる。「馬鹿列車案」ではせいぜい旭川・新深川間に(勝手に)建設予定の延長約12km程度の「新神居古潭トンネル(仮称)」があるだけでこれ以上の長さのトンネルは不要だ。そのほかの区間でも一部トンネルを掘ったとしても、それ以外は高架線や平地、または丘の一部を切り通しで抜ければ良いことになっている。(これも勝手に。)懸念される札幌市東部から江別あたりまでの市街地をもし地下線で回避したとしても、その延長はせいぜい10km程度だ。それもJRの所有地も有効に使える可能性が高いので土地の買収費用も抑えられる。
したがって建設費や土木工事の困難さはかなり軽減されるだろう。そもそも全線を通じて地価は限りなく安いので(吊り上げられる可能性は大)本州で建設するのとはわけが違う。

そこで。
素人が勝手に考えた結果、地下線を建設した場合を想定して今の札幌都市圏の地価も一定程度考慮して少々多めに見積もった場合、その事業費は新函館北斗・札幌間の65%程度(1kmあたり約51.4億円)でどうだろうか。(ものすごくいい加減だが)この想定で算出すると事業費は
79億円✖️127km✖️0.65=約6521億円
となる。
時代が違うので単純に比較はできないが、20km級のトンネルを建設した盛岡・八戸間約97kmの総事業費が予算ベースで4565億円(1km=47億円)だったことを考えるとあながちデタラメでもなく、実は意外に安くできるような気がしてくる。また、開通した時代も、距離もこの計画に近い九州新幹線の新八代・鹿児島中央間でも計画上の事業費は6290億円(1km=45.7億円)だった。こっちはトンネルだらけの山岳新幹線だったことを考えれば、もしかすると旭川開業にかかる事業費はこれよりは抑えられるようにも思うのだがいかがか?となると意外に安くできる???

さあ、あとはこの建設費を日本国民が納得してくれるかどうかだ。そもそも大赤字のJR北海道が現在の整備新幹線のスキームできちんとこの区間(だけではない)の借金を返せるかが問題だ。これはどうにも致し方ない。そこを誰が負担するのか、あとはそこにかかっている。ソフトバンクかユニクロが中心になってクラウドファウンディングでもやってくれないかなぁ。全然足りないと思うが。。

では次回はもう少し現実的な「新在直通」いわゆる「ミニ新幹線方式」で開業を目指してみよう。(続く)